【このウェブサイトの大掃除】2025.10/22(水)記
急がば回れと言うけれど、私の場合は「まわり道」だと思っているのはだいたい単に面倒臭くてやりたくないだけの本道だったりします。
生きてる以上はまあ、あれもこれもしなきゃいけないものですよね。
焦る気持ちに飲み込まれそうな時、「何を隠そう!私はお風呂を掃除するために生まれてきたのだ!ハハハ!」なんて声に出して職人になりきりながらバスタブを洗ったりしているのは私だけではないはず。
ちょっと何を書いているのかわからなくなってきました。
さて、うかうかしてるとあっという間に今年が終わりそうなのでこのウェブサイトの大掃除に取り掛かっています。
大枠からやり直す時間は流石にありませんが、年々ページが増えたり位置が変わったりしているので、
梅田の地下街や新宿駅みたく迷宮化しないようにしたいです。
ごく最近、一番上のリンクメニューに「Goods」という項目を増やしました。タップするとグッズショップのページが開きます。
現在は空っぽで、申し訳程度にCDだけを置いていますが、色んな品物を準備中です。
グッズショップは年内になんとかできればとがんばっていますので時々冷やかしに来ていただけると嬉しいです。
ではまた。
【備忘録】2025.8/14(木)記
「自虐史観」という言葉が出てきて久しい。
私は「どんな人が提唱したのかな?変な言葉だな」とずっと思っている。
過去に悪いことをしたとして、非を認めて謝罪し今後の行動を改められる人というのは「自虐」とは程遠いしなやかで安定した自分軸を持っている。
そもそも行いの「良し悪し」を問うことは自らの存在・存続を揺るがす一大事などではなく、先々の行動を修正したり決めるための材料に過ぎない。
いっぽうで「自分は選ばれし人間であり過去もこれからも何をしたとしても常に正義の側なのだ」という思い込みを拠り所にしている人というのは条件付きでしか自分を愛せない偏狭さと弱さで自分を追い詰め自虐している。
「ごめんなさい」を言ったら死んでしまうんですか?と聞きたくなるほど頑として非を認めず謝罪をしない、屁理屈で逃げ続ける大人には社会で度々遭遇してきたけれど、「自虐史観」という表現はそんな自虐の心理状況にある人たちならではの発想ではないのだろうか。
「悪いことをする奴は日本人のふりをした外国人に違いない」という思い込みも同じところから来ていると思う。
【8月6日】2025.8/7(木)記
人間社会の基盤である人権を軽視し、敵を作り上げて差別を煽るデマとヘイトに溢れかえっていた参院選の様相には正直怖さを感じずにはいられなかった。
目先のパンとサーカスに溺れて狭い世界で小突き合い、歴史から学ばない社会で私たちが茹で蛙になるのはあっという間だと思う。
原爆投下から80年。
広島県の湯崎英彦知事のスピーチが説得力を増すとともに心に深く沁みた。
式典会場を取り囲むかのような蝉しぐれの中、力強く響いていた。
【誰もがみんな】2025.7/20(日)記
全体主義や差別を是とできる心理というのは、そもそも「自分と他人は違う人格」という自他境界を形成できていなくて、
自分の存在を強い何かにすっかり委ね内面化することでしか心の安らぎを得られない世界線なんじゃないかしらと最近よく考える。
バウンダリー(境界)って比較的新しい心理学の概念だけど、人権の大切さを理解するのに重要な気がする。
これはFBに投稿した文章ですが、多かれ少なかれ誰にだって境界の曖昧なところ、希薄なところはあるものなんだと補足したい。つまり誰だって危ういんだと。
境界感覚があまりに希薄だと、たまたま周囲の環境が差別を容認しない所で生きてきて「差別反対」と唱えている人も環境次第で簡単に差別主義者に転じうる。
人間はみな安心できるよすがが欲しいし誰かに認めてもらいたい。
そんな欲求の根っこを持っているのは同じだけど、見えている世界はだいぶ違いますね。
それではまた。
【筋肉痛です】2025.5.15(thu)記
5月はトラッドソングスデュオのライブをたくさん入れており、
先日は名古屋、伊那、東京。
東京2日目は青木マリさんの計らいで私のソロ弾き語りライブも叶い、お陰様で全日程素晴らしい旅となりました。
一旦帰宅して日曜日に大阪の難波BEARSでライブを終え
月後半は広島、萩、防府へ参ります。
大荷物なもので現在ちょっとくたびれていますが、幸い歌ったり演奏するにはあまり関係のない疲れのようです。
まあそうは言っても移動する体力がなきゃどうしようもないのでツアー中は不足しがちな睡眠や栄養や休息を今のうちしっかり取って回復に努めているところです。
風邪もひきたくないですしね。
夏の初めは時々ギョサン(漁業サンダル)を履いて近所を歩き回るのがちょっとした儀式です。
履きはじめはいつも指の間の皮に豆ができて痛々しい事になるけれど、皮膚が丈夫になりギョサンで歩くのが平気になって来るとワイルドになれた気がして少し誇らしげです。
裸足で過ごすのが好きじゃないのであんまり長く続かないんですけどね。
それではまた。
【春眠暁を覚えない】
2月から3月中旬にかけて忙しく、それでも体調だけは崩さないようにと張り詰めていた反動なのか、
今は一度眠るとどれだけでも寝てしまうぐうたらな数日間を過ごしています。
またぼちぼち忙しくなるのですが、4月からは筋力と体力をつけるトレーニングも始めたいなと思っています。
ここに書く時間ができる、イコールぐうたらしている。
なのでまた夢の話になって恐縮なのですが、今朝は標高3000メートルほどはあろうかという高山から海を見下ろしている異常なほどに美しい夢を見ていました。
私の歩く尾根は東西に険しく連なり、まだ深い雪を乗せていました。なのにはるか下界はすっかり春の暖かさを感じる色彩で、陸地をぐるりと囲んで広がる海は見渡す限り光り輝いていました。
余談ですが夢の中に出てくる海は私の故郷の東シナ海と同じく西側にあることが多いのに今回は北側にありました。日本海のイメージでしょうか、それとも遠いよその国。
あんまり綺麗な夢だったから目が覚めてもなかなか起き上がる気になりませんでした。
それではまた。
【半世紀生きることができました。】
50歳になりました。
誕生日の朝に見た夢は、平戸のような平戸じゃないような架空の島に住むことを決めた夢でした。
交通は橋で結ばれている島です。
各地へ演奏に出かけるには車を持たなくちゃならないなとか
海がそばにあるからほっとするなあとか
生活のことをあれこれ考えていました。
目が覚めたら相変わらず京都にいましたが、
なぜか今いるここもこれまで以上に自分の場所のようにしっくり来るものがありました。
結局どこにいても私の存在自体が故郷であり、海なのだなあと思います。
先日、一乗寺でのライブの後に思うところあって徒歩で自宅まで帰りました。
2時間半もかかりましたが寝静まる静かで妖しい京都の夜を堪能しました。
街のど真ん中とは思えないくらいひっそりとした京都御苑の林。人ではない何かに出くわしそうな重暗い堀川。
ウォーキングに適しているとは言えない靴だったので少し筋肉痛です。
それではまた。
【2025年もよろしくお願いいたします。】
お正月は佐世保へ帰省して穏やかに過ごしていました。
朝はわりと早く起きて畑に来る野鳥を観察したり、初詣したり、魚を釣りに行ったり、買い出しに行ったり、ホームセンターを意味もなくぶらついたり。
午後は実家の早めの夕食に合わせて台所仕事。
そうしているだけで夜はもう眠たくなって布団に入るとすぐ眠りに落ちてしまう、そんなのどかな佐世保時間でした。
【狐】
長年参加している俳句の会の 去年12月〆切の季題のひとつに「狐」がありました。狐は冬の季語です。
タヌキには馴染みがあるけれど狐は出会ったことないなあと思いながら「羊羹を食へば光芒狐鳴く」なんて完全な妄想で詠んで投句したのですが、お正月に初釣りに行った漁港であまりにも魚が釣れすぎるので家族から一人離脱して林の道を散歩をしていたら、なんと初めて狐に出会いました。
まさかこんな人里近くで見れるなんて。
今なら「大漁に沸く声くぐる藪狐」とでも詠みましょうか。普段は静かな彼らの生活圏に私たちがやって来て騒がせてしまったみたいです。
【初夢】
今年は元旦から三日間、毎朝見た夢を覚えていました。
元旦と2日は演奏をしている夢で、3日目は楽器を背負って移動しながら飛行機の搭乗に間に合うのか心配している夢でした。
普段はもっと不思議で美しい夢を見るほうなのにお正月に限ってこんなに現実的な夢を見るなんて。
【山なみ】
よく晴れた4日の土曜日、伊万里まで買い物に出かけた帰りの国見峠の下り道。
谷間が開けたはるか向こうに相浦愛宕山がちょこんと見えました。私の実家のあるエリアです。
その向こう側に県北佐々町や鹿町町の山なみが見え、そのさらに向こうには平戸島の山なみが。
「こっからは平戸の山まで見えるったいねえ」と父に話すと、「なんの、平戸島の向こうしゃん五島まで見えよっぞ」と。
なるほど、よく見ると平戸の後ろにさらに淡い色の山なみが見えます。方角的に五島北端の宇久島のようです。
「ばってんか、今日んごとよっぽど良か天気じゃなからんば、なかなか五島までは見えんばい」と父が言いました。
それではまた。
●2024 10/17 記【台湾日記 1/2】
台湾の花蓮県光復郷で開催されたPangcah生活節に呼んでいただき演奏をしてから早くも一ヶ月以上が過ぎてしまった。
このエリアは今年4月に震災で大きな被害を受け、私が訪れた9月の時点ではまだ多くの観光関連施設が閉まったままとの事でした。
Pangcah生活節は台湾政府のサポートを受けて開催された震災後初の大きな催しで、この地域に暮らす台湾原住民であるアミ族の文化を紹介し、その歌と踊りは伝統的なものから現代的なものまで多重に楽しめるとても高揚感があって楽しい、美しいフェスでした。
被災地の早い復興を祈ります。そしてすっかり魅せられてしまったあのエリアを早く再訪したいものです。
私が台湾を訪れたのは今回で2度目になります。
1度目は10年前。音楽仲間である沖縄のちえみジョーンズから私の夫 栗本英明君に台湾ライブのお誘いが来たのに彼は仕事で行けず代理で私が行く、という棚ぼたのようなご縁でしたが、その時は台北のMAJI MAJI集食行楽というフードコートで開催された台日交流イベントでの演奏でした。
台湾での初演奏はもちろん、友達や現地で知り合った人とわいわい囲んだ美味しい食事も、大賑わいの夜市や灼熱の繁華街を歩き回ったことも全て良い思い出ですが、その中でも一番心に残っているのは、演奏会場から歩いてすぐの台北市立美術館でちょうど台湾の代表的現代美術家 梅丁衍(メイ・ディンイェン)氏の回顧展をやっていて、ちえみさんの紹介で知り合った美術に詳しい台湾人のCちゃんと二人で展示を観てまわれたことです。
梅氏の展示はどれも大変に見応えがあり、作品の意図を知るのに重要な歴史的背景、込められたアイロニーについてCちゃんが流暢すぎる日本語で解説してくれて、台湾現代美術と日本現代美術のアプローチの相違について考えを話し合ったり、それはそれは贅沢でありがたい時間でした。
ご興味ある方は→梅丁衍(メイ・ディンイェン)回顧展2014
さてそれから10年後となる今回の花蓮県からのオファーはそれとは全く別のご縁で舞い込みました。
今年5月に京都のDEWEYというライブハウスに出演した際に台湾からの団体さんが飛び込みで入店され、私の演奏を聴いて終演後にCDも買ってくれた上で「実は私は台湾のフェスのキュレーターなのですが、9月開催のフェスに出演しませんか?」と声をかけて下さったのです。
後日メールで正式なオファーを頂いて、半信半疑だった私はネットでフェスについてひと通り調べてみるも限界を覚え、久しぶりにCちゃんに「私、台湾にはまたぜひ行きたいけど、新手の詐欺に遭ってやしないだろうか?」と相談のメッセージを送ったのでした。
相談して程なくの5月末日、ちょうど私がツアーで徳島へ向かうフェリーに揺られている時、CちゃんからFacebook電話がかかってきました。
Cちゃんはすぐに調べてくれ、フェス関係者に確認の電話までしてくれたようでした。
「友美さーん!大丈夫!詐欺じゃないよ(笑)キュレーターのRさんは私の友達の友達でしたよ!
他の出演者のYoutubeやサブスクはチェックしましたか? 今の台湾インディーズのとても注目を集めているミュージシャンばかりだから是非請けたほうがいいよ!」
Cちゃんが言うなら間違いない。海の真ん中で国際通話をしている不思議な状況もどこか非日常に鼓舞されているように思えて「よしっ」と台湾行きを決めたのでした。
後々花蓮でフェスのスタッフさんたちからも「詐欺じゃなかったでしょ!(笑)」と大笑いされるのですが、そんな花蓮でのことはまた後日書きたいと思います。
今回はCちゃんへの感謝を込めて10年前のことから書かずにはいられませんでした。2度目の台湾は全く別のご縁ではあったけれど、1度目のご縁に助けられて叶った旅でした。
それではまた。

●2024 8/19 記【お盆帰省していました】
ちかごろはお正月やお盆に佐世保に帰省しても老いた実家の人々と出来るだけ一緒に過ごしたいという気持ちが大きくて、友人知人にも会わずに静かに過ごしています。
それもこれもコロナ禍で会えなかった3年間のせいだなと思います。
祖母のお葬式に行けなかったことも当時は割り切ったつもりだったけど、寂しがり屋だった祖母を思うとやっぱり胸が痛んでやるせない。
実家でじっと過ごすことで側にいてあげれなかった時間を取り戻そうとしているような気がします。
今年は仲良しだった北九州市の義母が亡くなり初盆でした。
戒名に梅の字入り眺む庭
義母の葬儀を終えた日は梅の花が咲き始めた季節で、そのお別れの日をいつまでも忘れまいとそんな句を詠みました。
喪失の悲しみ痛みを忘れたくないという思いは何とも不思議なものですね。
Princeの「Sometimes It Snows In April」という歌の最後は
〜And love, It isn't love until it's past〜(愛は それが過ぎ去ってしまうまで愛ではないんだ)
という一節で締め括られていますが、これはいささかドラマチックすぎやしないかと思いつつも真理かなと思うんです。
喪失の悲しみは、愛の持つもう一つの色なんですね。
話は少し変わりますが、9月に台湾にちょっとだけ演奏に出かけます。
台湾原住民の文化に触れられるとても興味のあるイベントなのでオファーをいただけて本当に光栄に思うし、もう7,8年くらい会えてなかった台湾の友達とも再会したいので快諾したのですが、
海外へ行くのがあまりに久しぶりすぎて不安で仕方がありません。
元々引きこもり傾向がありまして、それがコロナ禍でますます顕著になっていて、津山さんとのトラッドソングス・デュオを始めたお陰であちこち出かけているけれどソロ活動だけでは正直関西から出なくなっていたかも知れない意気地のない私です。
だからお盆帰省した時に義母の遺影に「旅行が好きだったらしいよね、一緒に台湾行きましょう!」とお願いしました。笑
我が長野家の血筋は好奇心はあるけどあんまり冒険が好きじゃなく海外なんてもってのほかなので、義母のような行動派がいればとても頼もしい。
きっと一緒に来てくれると信じているので、母娘水入らずで楽しんで来たいと思います。
●2024 7/24 記【一旦休憩】
すごく すごく 燃え殻。
最後は疲れが出て自分としては不甲斐ないゴールテープの切り方だったところもあるけれど、
おかげさまでここしばらく抱えていた私には煩雑すぎる諸手続きをクリアでき、同じタイミングでとても楽しみに準備した『お中元ライブvol.2』も終了しました。
ライブに来てくださったり関わってくださった皆様には感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございました!
ちかごろはマネージャーさんがいたらいいのにと思うことが度々。
だけど結局は人と人の関係だから自分でやりたいなあと思い直します。
できる限り自分で丁寧に関わっていきたい。
●2024 6/17 記【2ndアルバム発売記念ライブ ファイナル ありがとうございました。】
6/16(日)梅田ムジカジャポニカのライブが終了しました。
私の中ではまだ行けていないエリアもあるので「アルバム発売記念ライブはここで一区切り、秋に再開」という感覚でいたのですが、チラシに記載したライブが全て終了し、レーベルの石橋さんが「昨日でファイナルでした」とSNSに投稿しておられたので私も今更ながらそれに倣うことにしました。
確かにこんなに豪華なゲストを迎えてライブする機会は今後なかなか無いと思いますので、昨日がファイナルと言うにふさわしいですね。
特に6/16はチェリスト四家卯大さんのソロコーナーが素晴らしく、バンドアンサンブルは最高に楽しく私にとっても幸福で貴重な体験になりました。
デュオのライブ再開は津山さんが山のお仕事から戻って来られる秋からで、10月に九州へ行く予定が決まってきています。
先日の九州福津市の2ndアルバム発売ライブを観に来て下さったご縁から決まったライブもあり、楽しさが草の根で伝播して行く手応えを感じています。
●2024/6/13 記【ちょっと旅の思い出話】
5月の終わりから6月初旬にかけて、徳島ー高知を旅していました。
徳島の寅家さんでは長野友美の弾き語りワンマンライブ。
高知カオティックノイズでは津山篤&長野友美トラッドソングスデュオで出演。
両日大変暖かく迎えていただき、CDも買っていただけてお陰様で良い旅となりました。
往路は一人旅、復路は津山さんと二人旅。
どちらも印象に残る出来事の多い旅でしたが、フェリーで和歌山港から徳島港へ向かう洋上で台湾の友人からFaceBook電話がかかってきたのが驚きでした。
陸地から遠く離れた洋上で国際通話をしているなんて一昔前には想像すらしてなかったことです。
懐かしい友人の声を聞きながらふと窓の外を見ると波の上を飛び魚がパーッと飛んでいく。ちょっと現実味がなくなるような不思議なフェリーの時間でした。
初日徳島の演奏を終えると翌日は高知を目指しました。
徳島駅と阿波池田を結ぶ路線はとてものどかで、中央構造線の地形を感じつつ吉野川を遡るというだけでも楽しいというのに、
「次の電車は1時間後になりますよ、席も空いてますし車内で指定席券も買えますからぜひどうぞ」
と駅員さんに促されるがままに乗った藍よしのがわトロッコ列車は快晴も相まって 飛んでいく景色、吹き込んでくる風、ガイドさんのお話、地ビール、全部良かったのでまたいつか乗りたいです。
徳島でも高知でも美味しいものもたくさんいただきました。
青竹に巻いて焼かれた鯛竹輪、阿波尾鶏の焼き鳥、チャンバラ貝、トウゴロウイワシの唐揚げ、などなど土地の恵に感謝です。
京都に戻ってからはちょっと面倒くさい事務作業がたくさん待っていましたが、これまでの演奏旅の思い出とこれからのドキドキしつつ楽しみな予定のおかげで何とかくじけず乗り越えられそうです。
トラッドソングスデュオの2ndアルバム発売記念ライブは6/16(日)大阪梅田ムジカジャポニカで一区切り。
この日は5月の京都アバンギルドに参加して下さったゲスト畑下さん、原口さん、藤原さん、に加えチェリストの四家卯大さんが参加して下さいます。
四家さんのソロコーナーもあり、レア物販グッズもお持ちになるとの事で大変貴重な機会になると思います。
ぜひご予約、ご来場ください。
●2024/5/27 記【5月のCD発売記念ライブを終えました。】
「農夫の娘/La Filha D'un Paisan」発売記念ライブは京都、東京、名古屋、福岡、山口、広島が終わり、6月の高知、大阪でひと区切り。
おかげさまで喜び多い旅になっています。高知の詳細はまだよくわからないんですがカオティックノイズというアンダーグラウンドの聖地のようなお店がその歴史に幕を下ろされるライブシリーズのひとつとなります。(お店は7月までやっておられるとの事)
今日は広島から京都に戻り、先日トーク収録でおじゃました音楽ライターの岡村志野さんのラジオ「IMAGINARY LINE」5/27(月)放送回をradikoのフリータイムを使って聴きました。
今回のラジオは津山さんもF.M.N.石橋さんも参加されず私一人の出演だったためだいぶ緊張していて うまく喋れていたのかの確認も兼ねて聴いたのですが、トークの最中にもバックで「農夫の娘」収録曲を流して下さっていてとても嬉しかったです。
肝心の自分のトークはやっぱりカチカチで志野さんがさりげなく大きくフォローして下さっているのが大変有り難かった。
オクシタン民謡については津山さんのほうが詳しいこともあって「嘘言っちゃったらどうしよう!」と特にカチカチになってしまい、ほとんど説明していなかったのでここに少しだけ書きます。
オクシタニアは16世紀頃まで現在のフランス南西部を中心にスペイン、イタリアなど複数の国にまたがって存在していた地域を指します。
現在この地域の大部分はフランス領に取り込まれており、オック語は政治的な理由(同化政策)から近代までフランス語と同じオイル語の派生語に分類されて来ましたが、むしろカタルニア語に近い原語です。
(実際グーグル翻訳に歌詞を落としてもカタルニア語でのほうが翻訳し易いです。)
文学を始めとしたオクシタン文化は9〜13世紀に発展しヨーロッパ全土に広まったので、現在の文学やクラッシック音楽などの源流であると考えられています。
今でこそフランス南西部などの一部地域にオック語話者が残るのみですが、かつて隆盛を極めたオクシタン文化を無視してヨーロッパを語ることはできないというイメージを持って民謡を聴くとより楽しいかもしれません。私も初々しく勉強中ですので少しずつこうしたお話を共有して行ければと思います。
●2024/4/19 記【デュオの2ndアルバムが届きました。】
インフルエンザと思われる発熱と身体中の痛みで6日間ほど寝込んで、平熱に戻って二日後には長野友美の弾き語り20周年記念ライブをし、その翌日はバンド舟でムジカジャポニカに出演して私の4月のライブはまるで夢でも見てたような感じで終わりました。
私自身、なるようになるさと目一杯楽しみましたけれど、一度もスタジオに入れなかったにも関わらず一度も合わせたことのないトリッキーな新曲も「まあやってみよう」と、スリルもひっくるめて楽しんでくれていた舟の人たちのマインドの良さに惚れ惚れしました。(自分のバンド自賛ですみません。)
私たちはこんな具合でしたが、ムジカジャポニカで対バンだったぱぱぼっくすとヒトリトビオが素晴らしく、本当に良い日に混ぜてもらえたものだと感謝しています。
さて今月の私のライブが終わったタイミングで、予定より2日ほど早くトラッドソングスデュオの2ndアルバムがレーベルF.M.N.Sound Factory石橋さんの元にドドンと到着し、石橋さんが私にも現物を届けて下さいました。美しい仕上がりで嬉しいです。
これから多くの方のもとにこのイエスズメが飛び立ち、欧州各地の魅力的な歌々が花開き、誰かの心に住処を得ることができますように。
発売日の4/26(金)には大型レコード店の店頭に並びます。
CDショップで、デュオのライブで、ぜひお買い求め下さい。
●2024/3/14 記【忘備録】
津山さんとの久しぶりのリハーサルの日だったのに私は明日だと勘違いしてて連絡が来るまで呑気に絵の額縁をギコギコと作っていた。
1分で支度をし、15分遅れで待ち合わせ場所に到着。大阪まで出向く時もあるけれど今回は私の家の近所で助かった。
津山さんが「これ2ndアルバムのジャケット頑張ってくれたお礼」とレコードを4枚もくれた。
どれも良いアルバム。1枚だけCDで持っているのがあったけど近頃はなるべくレコードで聴きたいので嬉しい。
リハーサルでは友人がインドのダラムサラへ行った際にお土産に買ってきてくれた横笛が使えないか試してみて、もうちょっと私が頑張れば行けるかな?
という感触だった。
思えばトラッドソングスデュオを結成してからギター以外の楽器に躊躇なく手を出すようになった。
全ては「ここにこんな音があったら良いんだけど」というムズムズがそうさせている。
その音が加わった時の良い絵があきらかに見える。
だから下手だったりしくじったりすることの不安よりただその絵を叶えたい欲求の方が大きい。
そもそも音楽や絵画の根本はこれじゃないか。
その根本から紡いで来たからこそ続いていて、続ける限りもっと景色が開き得るものなんだろう。
昔、自分がどんな絵が描きたいのかわからなくなってしまった時期があった。
一番好きな事だったはずなのに描くことがとても苦しい。
そんな時にひょんなきっかけでギターを弾き始めた。
なぜかギターでは自分がどうしたいのか、何をすべきなのかがあきらかにわかった。
ギターの音に導かれて現在20年目。
昔描けなくなってしまった絵も少しずつ描けるようになって来て、嬉しいことに今回CDのジャケットも描かせていただいた。
幸せなのは、自分が何をどう描けば良いのかがあきらかに見えて来ることだ。
そして不幸なのは頭の中のその絵が見えて来る前に他のことに気を取られてそのまま戻って来れなくなることなんだろう。
●2024/3/4 記【レコーディング風景】
津山篤&長野友美トラッドソングスデュオのセカンドアルバム
「農夫の娘/La Filha D'un Paisan」
発売が今年4月26日(金)に決まりました。

農耕の伝播、鉄道の発達など人間の活動・移動と共にヨーロッパに広く分布して行ったと考えられているこの鳥を民謡に重ねて描きました。
どうか興味をお持ちの方へ情報が届きますように。
早速ディスクユニオンが予約開始して下さっていました。
他にもご予約やお買い求め方法が決まったらCDページでお知らせします。
(詳細はCDページをご覧ください。)
下の写真は去年の10月から少しずつ進め今年1月に完了したレコーディング、ミキシングのひとコマです。
大阪・四ツ橋LMスタジオ。
トラッドソングスデュオの1stアルバムもここで生まれました。
それよりもっと以前から津山さんが多くの作品を生み出して来られた場所。

津山さんと長野だけでも多くの楽器を収録しました。

左から時計回りにボウドプサルテリー、ブズーキ、アコースティックギター、カンテレ、
インドの横笛バーンスリーF管。この他にも打楽器類やベースなど色んな楽器を使いました。

レコーディングと打ち合わせ。

以下はLMスタジオに来て下さったゲストミュージシャンのレコーディング風景です。
ゲストの畑下マユさん。
長野がその才能を羨むアシッド・フォーク・シンガーソングライターでクラッシックギターの名手ですが、
今回は静謐で美しい歌声のみで参加していただきました。妖精のように曲の中に潜む彼女の歌声を見つけると幸運が訪れそうです。


同じくゲストの原口豊明さん。1stアルバムから参加して下さっている日本ケルトミュージック界の重要人物であり
ケルト圏はもちろんそれ以外の民族楽器までも広く使いこなされるマルチプレイヤー。
今回はマンドーラ、ノーザンブリアンスモールパイプ、バウロンで参加して下さっています。

同じくゲストのフィドラー藤原弘昭さん。バイオリンではなくフィドルという呼称がバチッとはまる、デュオのレコーディングには欠かせない人物。
伝説的バンドex.サバートブレイズのベーシストであることをお気づきでない方もいらっしゃるかと思うので書き添えておきます。

オペレーションルームにて。
左:レーベルF.M.N.SOUND FACTORYの主催者石橋正二郎さん。CDの発売元でありデュオ結成のきっかけとなった人物。
いつもスタジオにドーナッツやベーグル、お稲荷さんなど梅田デパ地下界隈の美味しいものを差し入れて下さるので段々と当てにしてしまうようになりました。

レコーディングエンジニア須田一平さんとMixを進める。
津山さんの閃きとイメージを的確に捉えて叶えて行かれる須田さん。そんなお二人を眺めてるだけでもとても頼もしく楽しい作業。
もちろん私のアイデアやイメージも作品にふんだんに反映されています。

チェリストの四家卯大さんとピアニストのホッピー神山さん、ドラムの吉田達也さんは来阪してのレコーディングは叶いませんでしたが素晴らしい音を重ねてくださいました。今後デュオのレコ発ライブに参加して下さる予定です。(詳細はスケジュールをご覧ください。)今年色んなエリアで開催するCD発売記念ライブも楽しみにしていただけると嬉しいです。
●2024/2/24 記【弥生の準備】
黙々と3月の展示とライブのおみやげ用に絵を描く日々を始めています。
ひとりで黙々とやるのが好きで人と長く一緒にいると疲れるタイプなんですが、だからこそ時々は人と会って不器用なりにお喋りしないと歳とるごとにどんどん心が硬くなりそう。
コロナ禍になった時、「音楽、本、映画やSNSがあれば人に会えなくても私は別に大丈夫」と思ってたけど、久しぶりに友人と会ってお喋りした時に私みたいな人間が一番危ういような気がしました。もともと得意でない事というのは錆びつくのも早いと思うから。
その点ライブのたびに色んな人と会えていることがありがたいです。
1月は雲州堂、2月はミングルでトラッドソングスデュオのワンマンライブ、つい先日はネガポジでお会いできた皆様ありがとうございました。
●2024/1/25 記【CDジャケットの絵を描きました】
トラッドソングスデュオ2ndアルバムのレコーディングは今 Mixがだいたい終わったところで、マスタリングは2月中旬の予定です。
マスタリングが終わればいよいよ製造ですのでようやく完成が見えて来ました。
音楽的なことと並行して私は年明けからジャケット用の絵を描いていました。
今日、仕上げた絵をスキャンしたデータをデザイナーさんにお送りしたところで、期日内に終わらせることができてホッとしています。
絵を描くと言っても実際に本番の紙に筆を滑らせている時間はとても短くて、制作のほとんどはアイデアを出してイメージを固めて行くことや資料集めといった下準備に費やされるのですが、だからこそ普段どれだけ絵を描いているかがものを言うなあと痛感します。
恥ずかしながら現在ほとんど絵を描いていませんで、時々訪れるこんな貴重な機会にはいつもウォーミングアップに手こずります。
絵を描くことが好きなのに描く時間を作れないと歯痒さで心が潰れてしまいそうになるので、乱暴にも「好き」の気持ちごと忘却して来た、そのツケ払いだなあと思います。
これからはそんな短気を起こさずもうちょっと知恵を絞って描く時間作ろう。
去年12月はCDに付属予定のブックレットのための歌詞の書き起こしと翻訳をやっていたので、人一倍頭の切り替えやスケジューリングが不得意な私にとってはここしばらくは息をつく間のない気忙しい日々でした。
それでも演奏以外に時間を取られることに全くストレスは感じておらず、むしろ演奏、歌詞、ジャケット絵とトータルに手がけられたことをとても幸せに感じています。その全てがエキサイティングであり、本当にやりたかった事をやれているので。
そもそも今回かなりのテキスト量になるにも関わらずブックレットを付けることにして下さり、私に絵の依頼も下さったのはレーベル主の石橋さんで、本当に感謝しています。買ってくださる人にとってきっと幾重にも楽しめるものになっていると思います。
そして私が忙しさでプギャーとならずここまで安定して丁寧にひとつひとつに打ち込めているのは信頼し尊敬している方々と共に制作できている環境の恩恵も大きいです。
津山さん、レーベル主の石橋さん、エンジニアの須田さん、ゲストミュージシャンの皆さん。
こう書いていて、1stアルバムに参加して下さった故・吉田文夫さんのお顔もふと浮かんで来ました。
去年亡くなった私の美術の師、大石博先生も「お、細々とでも描いているね」と喜んで下さっている気がします。
●2024/1/10 記【】
私が歌手として最も神聖視していた八代亜紀さんがこの世を去ってしまわれた。
生身の人間を「カミサマ」扱いしてしまうのは音楽家としても人としても実に放漫な態度だと自覚してはいるけれど、他に思いつく言葉が見つからない。
尊敬ではなく崇拝だったんだと今になり実感しています。
●2024/1/5 記【今年もよろしくお願いします。】
まずは能登半島地震で被災された皆様にお見舞い申し上げます。
年明けから大変なことになってしまって、SNS等で紡げる言葉がないまま今に至ります。
気持ちの切り替えがとても下手くそな私、SNSでのコミュニケーションは嬉しいことも多いのですが今は感情の交通渋滞で苦しくなってしまいそうなので
今年はひっそりとここだけで新年のご挨拶させてもらおうと思います。
2024年もどうぞよろしくお願いいたします。
ぼーっとしてるくせに変な所で繊細で融通の利かない人間ではありますが、好きなことに向かえば少しは集中力を発揮するもので
去年の暮れは2ndアルバム収録予定であるトラッドソング12曲ぶんの歌詞起こしと和訳をしました。
今日はその和訳を1週間ぶりにチェックして手直しをしていました。
いかんせん素人和訳なので正確性に不安はありますが、それでも翻訳をしていて物語の美しさや言葉選びのセンスにツーーと感涙した瞬間がいくつもありました。
たった数分の歌の世界なのに映画を観たような気分。少なくともそんな感覚をお裾分けすることは出来るのではないかと思っています。
そう言えば自作の歌を演奏する時も自分の頭の中にある美しい風景や物語をお裾分けできたらなあという気持ちでいまして、その成功失敗はさて置くとして、私はどうもこのお裾分け行動が好きみたいです。トラッドソングの魅力もCDを聴いて下さる皆様にうまくお裾分けできるように引き続き集中してまいります。
●2023/12/21 記【今年の演奏が全て終了しました。】
この一年間でお会いできた皆様、本当にありがとうございました。
今年は長野友美ソロ、トラッドソングス・デュオ、栗本夫妻バンドに加えて「長野友美と舟」というバンドも新たに始めまして、秋には「フォークロアのまばたき」という年に一度のバンド企画。なかなかの目まぐるしさでしたが、その分多くの方とのご縁が広がり喜びの多い年になりました。
年内残すところは津山篤&長野友美トラッドソングスデュオ2ndアルバムのレコーディングがあと1回、そしてジャケットデザインやテキストデータ編集などなど。
演奏活動が終わっても水面下ではまだまだ慌ただしくしています。
新しいアルバムはまだタイトルも決まっていませんが、決まっていることを。
今回も私たちの愛するオクシタン民謡はもちろん、ヨーロッパの北から南まで歌い継ぎたい珠玉の民謡の数々を収録しています。
2024年4月の一般発売を目指していまして、
同年3月に東京、山梨、名古屋とツアーが決まっているのですが、その3daysでは特別に先行発売できるようにと思っています。(→...と書いてしまいましたが現在この日に間に合うかどうか怪しくなって参りました。それでもこの3daysは2ndアルバムに収録される予定の新レパートリーもたっぷり演奏しますので楽しみにしていただければと思います。1/10追記)
【ゲスト・ミュージシャン】
◆四家卯大(violincello)
◆畑下マユ(chorus)
◆原口豊明(Mandora,bagpipes,bodhrán)
◆藤原弘昭(fiddle)
◆ホッピー神山(hammond organ etc.)
◆吉田達也(darabukka)
前回から参加してくださっている原口さん、藤原さんに加え今回新たに参加してくださっているミュージシャンのご経歴を改めて調べていたら、ああ、わかっちゃいたけど偉大な方達だなあと頭がクラクラしてきました。
ナンとも光栄なことです。
それではまた。
●2023/11/27 記【フォークロアのまばたきvol.2が終わりました。】
ご来場くださった皆様ありがとうございました。
来年も11月に開催できたらと思います。
またお会いできますことを。
山海秀洋さん、そして山海さんの音楽を愛するミュージシャンたちと共に演奏できることは私にとって大きな幸せです。
フォークロアのまばたきをきっかけに誕生したトリオ、オラビョルで歌うのも大好き。
いつもスタジオには誰よりも早く到着し、ワクワクしながら一人、また一人とメンバーが到着するのを待っていた時間がしばらく無くなるのが寂しいです。
だけど続きがあると思えるから前を向いて楽しく歩いて行きますよ。
11月は津山篤さんとのトラッドソングスデュオのレコーディングも佳境に入り忙しさが重なってしまいましたが、どれも私に取っては大切なことでしたのでひとつひとつを悔いの残らないようにやり切れたと思います。
九州ツアーから戻った12月の末にあと一回スタジオに入ればレコーディングは終わりそうです。
先日ゲストミュージシャンが参加してくれたもようなども、また次の機会にここに書きたいと思います。
今日は久しぶりに体を動かしたくて遠くまで歩いて来ました。
目的もなく1時間くらい歩いて道端の鉄柵に腰掛けてホットコーヒーを飲んでボケーッとしてまた歩いて帰り、お部屋の掃除と整理整頓してすっきり。
何年も前に編みかけて放置していたニット帽が出て来たけれど続きを編めるかな。
それではまた。
●2023/11/13 記【寒くなりましたね。】
急に例年並みの寒さとなり気温差に体が戸惑っているのは私だけではないはず。
心配だな、どうしてるかなと気になる人に気持ちを飛ばしつつ目の前のことに粛々と取り組む日々です。
10月からの忙しさの第一波を乗り越え、今日は久しぶりに時間に追われない一日を過ごしていました。
元々そんなにたくさんのタスクをこなせるほうではないしミスも多いほうなのに、疲れてきて余裕が無くなって集中力が途切れてしまうと余計にだめですね。最後のほうは自分でも驚くようなミスを連発していて、失敗を発明する天才では?と思いました。
今日、さあ自由時間だ!となって何をしていたかと言うと、寒くてどこにも出かける気が起きず結局ギターを弾いて笛を調整していました。でもこうゆう夢中になる時間がちょっと足りていなかったので栄養補給できた感じがします。
話は変わりますがここのところ不思議な夢ばかり見ています。
一昨日は人の来ないようなすごく高い山の断崖から飛び立ち、はるか下方に広がる樹海を見下ろしながら空を旋回していました。
あれは鷹や鷲のような生き物の視界を借りた夢だったのかなと起きた後になって思いました。
その断崖からの景色があまりに綺麗だったから今朝の夢の中でもそこへ行ってみようと思ったのですが、山の登り口まで来た時に飛んできたオオスズメバチに左手に止まられ、指の間の水かきを噛まれて牽制されたので大慌てで退散しました。
無理やり進んだら針で刺されて警戒フェロモンも出され仲間を呼ばれただろうなと冷や汗かきました。
怖かったけど豊かな夢だなあと思うし、こういうサイケな夢を見た朝は昨日の疲れがスッキリ取れているので嬉しい。
それではまた。
●2023/11/9 記【夢の話】
今朝は大きめの雄猫をもうひと回り大きくしたくらいの謎の鳥をお腹の上に抱いて寝ている夢を見た。
夢の中でも寝ているというのはちょっと疲れている自覚のある時に見がちな夢だ。
昔飼っていた猫に胸の上で寝られた時はずっしりと重たくてちょっと苦しかったけど、
鳥という生き物はその大きさからは想像できないくらい軽かった。
と言っても夢なのだから実際はどうなのかわからない。
それで思い出したけれど、もうずっと前のこと。
風になって故郷の相浦川を下って行く夢を見た。
自分の体が風であると肌には全く風を感じない。冷たさも暑さもない。
耳にボウボウと当たる音もない。
静かに浮いたり沈んだりうねったりしながら海のほうへ流れて行った。
川沿いにはススキが揺れていたのでちょうど今時分の季節に見た夢だったかもしれない。
その夢からまたさらに思い出したことだけれど、相浦川の流れの北西には飯盛山(標高259m)がある。
安土桃山時代頃に京都の愛宕山からお地蔵さんを勧請していることから相浦愛宕とも呼ばれる。
およそ18年前、京都にふらっとやって来て住み始めてしばらくは度々この山のことが恋しくてたまらなくなった。
いわゆるホームシックの一種だろうけども、自分で望んで来たのだからと誰にもそんな事を言えず飲み込み続けていた。
そのせいだったのか、ある夜 空を飛んで故郷へ戻り、この飯盛山を上空から眺めている夢を見たことがあった。
「ああ帰ってきた」という安堵と「上から見たらこんな姿だったのか」という驚き。
今でこそGoogleマップの航空写真モードで見れるけれど、この夢の中では風も山の匂いも伴い、山頂の一番高く伸びた木の葉に触れられる臨場感があった。
とりとめもない夢の話でした。
●2023/10/24 記【レコーディングが始まりました。】
10/20(金)、津山篤&長野友美トラッドソングスデュオの2ndアルバムのレコーディング初日でした。
今回も前作と同じ心斎橋のLMスタジオに篭り、来年春の完成を目指しています。
1stアルバム「ダリエロ・サイテン・ディエ・モナヴィエール」が発売されたのが2021年11月でしたが、あれからどんどんレパートリーが増えて
次回作に全て収録しきれないくらいになっているのですが、それ以外にまだライブでも演奏したことのない未発表曲も用意しているので一体どうなるか。
私自身とても楽しみです。
●2023/9/22 記【10月が来る前に】
「ここまでの過密スケジュールは初めてなのでは?」と思うような10月がやって来る。
少しでも気持ちに余裕を持って取り組めるように、9月中にできることは今日でほぼ済ませてみました。
忙しくても気忙しくさえならなければ私はまあまあがんばれるはずなのです。
月末はしばらくぶりに散歩にでも出かけようと思います。ちかごろは雨が多いですけれど。
毎日ちょっとの隙間時間を見つけては笛を吹いているんですが、
今年の2月に民族楽器コイズミさんで購入したインドの大きな笛(バンスリーF管)が少し操れるようになってきたので
先日9/17の演奏会でこっそりデビュー。共演の木崎豊さんの曲にこの笛の音色を添えてみました。
まだ集中してなかったり焦ったりするとたちまち音が全く出なくなるんですが、
そんな悲しい事態にもならず現時点でのベストの演奏ができたように思います。
お手本にしているネットの向こうのお師匠さんたちに比べると赤子のような演奏ですけれどね。
木崎さんとは知り合ってからは長いのに今回が初共演でした。
木崎さんから見ると私は遠い道のりを車にも乗らず歩いてやって来たり、突然笛を吹いていたり作っていたりするのが色々と変わった人なんだそうです。
私から見ると木崎さんは大学の卒業論文が「フォークソングのバラード形式」についての研究だったところなど色々変わった人だと思います。
「またぜひご一緒しましょう」と言ってくださって嬉しかったです。

●2023/8/30 記【ボイスメモからサルベージ】
曲をつくりかけたは良いけれど、その時の気分じゃなかったりしてボイスメモに録音したまま忘れ去っていることが多い。
まるでドングリを埋めたまま忘れてるリスみたいに。
先日アプリで音源チェックをしている時にリストに並んでいた次の音源が勝手に再生されて、それがたまたまそんな忘れ去っていたボイスメモ音源だった。
あら、これはほとんど完成してるのにボツにしたのね、たぶんギターがあまりに退屈だったからなんだけど、でもそんな悪い曲じゃないよ。
そう思ったので今日は曖昧にしてた間奏部分まで手を入れて曲を仕上げた。
でもこの未完成で「どうしようかなあ」と考えながら軽くやっているボイスメモのテイクが嫌いじゃなかったので静止画だけどYOUTUBEにアップしてみました。
久しぶりすぎるYOUTUBE歌のお便りで恐縮ですがよければお楽しみください。
過去にアップした動画や静止画の音源はVideosページでご覧になれます。
それではまた。
●2023/8/23 記【大友良英のJAMJAMラジオ放送700回記念トーク&ライブ(公開収録)を終えて】
先日はclub METOROにご来場ありがとうございました。
JAMJAMラジオは放送が始まってから13年目になるそうです。すごいですよね。改めましておめでとうございます。
旧知のご関係である主催のF.M.N石橋さんや大友さん、U-zhaanさん、津山さんには自然の流れのイベントと言えるのでしょうけれど、
私にとっては尊敬している雲の上のような方々ににわかに混ざることができて格別な体験でした。
それもこれも流行の歌い方には程遠く、幼さや可愛い気のない無骨な私の歌唱(これは自虐や謙遜している訳ではありませんよ!)を津山さんが気に入って下さったことや石橋さんのレーベルからデュオのアルバムを出して下さったことからここに繋がっています。長年細々と自分にとっての音楽を続けて来て良かったなあ。
8/21のイベントの翌日はまたもやJAMJAMラジオの収録にお誘いいただき京都御苑の西隣にあるKBS京都へ行ってきました。
スタジオでは番組ディレクターの小林さんのお仕事を後ろから拝見できたのも楽しかったです。
津山さん回と長野回は別々に収録したこともあり、石橋さん曰く、9月は700回記念イベント関係の放送になりそうとのことです。
KBS京都にはレコ室というものがあり、そこには膨大な数のレコードを始めとした音源が保管されています。
ラジオ局のこうした保管庫は全てジャンルでもABC順でもなく なんと入荷した年代順に並べられるそうで、目当ての音源を探し出そうとするのが大変困難なのですが、地道に棚を見ていくことで意外な音源に出会う面白さがあります。
その棚の中から私も長野回用に選曲しました。
なかなか良いチョイスが出来たと思いますので9月の放送で楽しんでいただければ嬉しいです。
各収録の放送日はまたお伝えしますね。
それではまた。

●2023/7/31 記【絵のお仕事、無事製品になりました。】
ハラタコス&ナチョスさんという大好きなミュージシャンからの依頼で彼のCDR最新作品『鼻歌ふんぷく産毛が踊る』のジャケットイラストとデザインを担当しました。
先日製品を送って下さって嬉しい限りです。
このCDR作品はハラタコス&ナチョスさんのライブでのみ入手できますが、いつどこに出演されるのか情報も少ない会えたらラッキーな人物なので、もし遭遇されたならチャンスを逃さずお買い求めになって欲しいです。(1枚500円とのこと)
彼の音楽は素朴な歌心や遊び心を不敵なほど素直に宿し、まるで妖精(あるいは小さなおじさん?)を住まわせることに成功したかのような不思議に気持ちの良い作品です。一度聴くと忘れられない曲ばかり。
今回、どんな絵を描いてどんな仕上がりにするのか全て任せていただいたのですが、
ちょっとでもおかしな事をするとせっかく住み着いている妖精(あるいは小さなおじさん?)が「ポン」と居なくなってしまうような気がして、アイデア出しでこんなに頭を掻きむしったのは本当に久しぶりでした。
ただひとつ、最初からはっきり決めていたのは「サブカルチャーにならないように」ということでした。
”へたうま”、"キワモノ"、"ナンセンス"といったイメージを踏まないこと。
彼の音楽の特殊性はハイコンテクストの上に作られるお約束な奇異ではなく、日常と地続きのところに本当に存在するメルヘンだと思います。そんなところが好きなんです。
そんなわけで、結構、案外と、小さなおじさんは私が描いて広げた世界に満足してくれている気がするんですがどうでしょうね。どきどきです。
それではまた。
ハラタコス&ナチョスさんのTwitterアカウント→ @haratacos


●2023/6/20 記【久しぶりに絵のお仕事してました】
嬉しい依頼をいただき、ここしばらくCDR音源のジャケットのため絵の制作、デザインをしていました。
「長野さんのペースで構いませんよ」と言って下さってたけれど、他のことで忙しい時期だったことに加えて締め切りが無いといつまでも取り掛からないタイプなので、あえて自分で期限を決めてお伝えし、結局その締め切りギリギリまで粘って完成。無事お渡しすることができました。ああよかった。
曲作りもそうですが、音楽に対して絵やデザインで応える時に頼りにしているのは、説明的で退屈な情報で出来た四方の壁がパタンと開いてちっぽけな自分の意図や解釈を超越した広い世界が開ける感覚だったりします。あくまで主観に過ぎませんが、そんな絵(曲)が描ければゴールだなあと思います。
そんなこんなでして、製品として仕上がったら送っていただけるそうなので楽しみにしています。
またここで画像付きで紹介すると思いますが、今年4月から始めたばかりのinstagramの音楽専用アカウント@tomominagano_musicに絵の一部分をアップしていますのでご興味あれば覗いてみてください。
音楽的な近況はと言えば、先日7/4(火)の磔磔「お中元2Man Live」のためバンドメンバーでスタジオに入りました。
メンバーの持ち味的に私もエレキギターを弾くことにしたのでフェンダーのストラトキャスターが今の相棒です。
アコースティックギターとは全く別の楽器だなあという感触。
それではまた。
●2023/4/30 記【なえいづる音楽会にご来場ありがとうございました。】
4、5年ほどぶりに再会できた中田真由美さん&夏秋文彦さんのデュオでした。
元々から大変聴きごたえのあるデュオでしたが以前に見た時よりもさらにアンサンブルの阿吽の呼吸、のびやかで自由な演奏が心地よく、とても楽しくて嬉しい時間でした。
中田真由美さんの曲を夏秋さんがサポートされるという形なので「デュオ」という言い方は正しくないのかもしれませんが、都会的なポップさを持つ真由美さんの曲や歌声のムードを全く損うことなくワイルドな世界に広げている夏秋さんのセンスと、その広がった世界を難なく楽しく泳ぎこなす真由美さんというお二人の出会いの妙は唯一無二で、デュオと呼ぶに相応しいと個人的に思うのです。
ライブタイトルになった「なえいづる」は二十四節気で4月下旬を示すみやびな言葉ですが、お米農家の方は田植えを前に健全な苗を準備できるかどうかの正念場。農業経験者でもある夏秋さんは「毎日気が気じゃないストレスフルな季節でした」としみじみ仰っていました。
そんなふうに農家さんが骨身を削って大切に育てられた苗がこれから田植えされる季節がやって来るんですね。
私はここしばらく笛を作ることがライフワークのひとつになっていることもあって、夏秋さんが演奏されたチェコの伝統的な笛コンツォフカに興味津々でした。
開演前に笛談義に夢中になっていたらなんと夏秋さんが塩ビ管で作られたコンツォフカを一本プレゼントして下さいました。
実は構造自体はシンプルな笛なので作るのは比較的簡単なのですが、かっこよく吹きこなすのは相当な音楽的センスと技術が要ります。
夏秋さんの素晴らしい演奏を聴いてさらにそれを実感しました。
自分でこの笛を作ってみる前にまずは夏秋さんから頂いたこの笛でたくさん遊んでプレイヤーとして上達したいものです。
今、京都の繁華街はニュースになるほどに海外からの観光客で溢れ返っていますが、CAFEすずなりも観光のお客さんが増えているとのことでした。
この日のライブもフランスからお見えの方がふらっと入店されて、お連れの小さな子供さんが時々保護者の方の膝に頭を預けたり体を揺らしたり、両手を可愛らしくくねくねしながら2時間ほど座ってライブを聴いてくれていたのが印象的でした。
私の甥っ子と同じくらいの歳かな〜、退屈になってないかな〜、眠くないかな〜と自分の演奏中気になっていたので、演奏を終えるといの一番に「ありがとうね」と声をかけました。そしたら満面の笑顔を返してくれて、お帰りの際にもう一度「ありがとう」って声をかけたらにこにこで握手を求めてくれて、とっても可愛かったしホッとした瞬間でした。

●2023/4/25 記【穀雨のコンサートにご来場ありがとうとざいました。】
長野友美と畑下マユ「穀雨のコンサート」、1週間の二人旅が終了しました。
旅の初日に収録出演させて頂いた福岡LOVE FM月下虫音の放送を聴いてくださった皆様、そして佐世保市、福岡市、北九州市のライブにお越しくださった皆様、ありがとうございました。3年ぶりとなる長野友美オリジナルソング弾き語りでの九州帰省ライブでしたがどの日もご縁を感じる方々が多く集まってくださり大きな励みになりました。
京都に移り住んで今年で17年目。
コロナ禍で三年間途絶える以前は年に一度ほどの頻度でゲストミュージシャンをお連れして九州の方々に聴いていただくことを続けて来たのですが、今回「いつも素晴らしいミュージシャンを紹介してくれてありがとう」と言って下さる方が多かったのが印象的で本当に嬉しかったです。
「穀雨のコンサート」、佐世保市ではゲストの畑下マユさんと私の二人ライブ、福岡市HOMEではシークレットゲストとして相川理沙さんとハーモニカ奏者の倉井夏樹さん、Bar遊来友楽では木下弦二さん(コーラスでジャスティン小川さん)、北九州市小倉メガヘルツでは藤井邦博さんが共演して下さいました。
「畑下マユさんという素晴らしいミュージシャンと出会ってほしい」という私の呼びかけに応えて下さった敬愛するミュージシャンたちに改めてここで感謝を捧げたいです。
私は畑下さんの演奏をアルバム未収録の新曲も含めて5日間たっぷり聴いてきたわけですが、どの曲も彼女から紡がれるたびため息が出て飽きることがなく、1音1音の重要性が限りなく高いエレガントな曲の作りと両輪のように有る秀逸な歌詞にその都度酔いしれていました。
そして今も脳内では山々が萌える大好きな穀雨の季節の風景やにおい、生き物の気配、鳥の声などに彼女の音楽が混ざってそれは心地良くリフレインしています。
私と共に初めての九州を旅してくれて毎日素晴らしい演奏をして下さった畑下マユさん、これからも元気に活動を続けてほしいです。



●2023/4/17 記【吉田文夫さんの追悼ライブにご来場ありがとうとざいました。】
一夜明けても私の頭の中には津山さんがアンコールで吉田さんに捧げられた「アイルランドのために~Ar Eirinn Ni Neosfainn Ce Hi~」が流れています。
「俺はロック畑の人間なんで」
と仰りつつケルトミュージックや欧州民謡を吉田さんと同じく幅広く深く聴いて来られた津山さんの出す音や声からは民族音楽の魅力であるサイケデリックなムードが滲み出ています。
そんな津山さんを中心にするとタケヤリシュンタ君、柴山伸二さんから鞴座まで全てが当たり前のように地続きです。
それは"ジャンルの垣根を越えて"というよりも、国境線を引かれてもなお地底に流れる水脈は繋がっている、といった感じです。
この水脈の流れ巡りを楽しみながらできるだけ自由に長く音楽やっていたい。
次回の津山篤&長野友美トラッドソングスデュオのライブは5月13日(土)
京都木屋町の小さなお店ミングルでワンマンライブです。
どうぞよろしくお願いいたします。


●2023/4/13 記【吉田文夫さんのこと】
追悼ライブは日曜日です。
吉田文夫さんがいらっしゃらなかったら私は佐世保の片隅でギターを弾き始めた19年前、
ケルトミュージックを愛し奏で教えてくれた地元の友人たちにも出会っておらず、全く違う人生だったかもしれませんね。
去年2022年7月に亡くなられた吉田さんはケルトミュージックが日本でまだ全くと言っていいほど知られていなかった時代に現地の生演奏に魅了されて自らも演奏を始められ、
レコードや民族楽器の輸入もなさり、その温かい人柄と素晴らしい演奏でケルトミュージックの魅力を日本に広められた方です。
私が初めてお会いしたのは2019年9月18日、大阪市音凪食堂の『フォークとトラッドの夕べ』。
吉田文夫さんと原口トヨアキさん、それに津山篤さんによるSi-folkと私のソロとの共演でした。
トラッドということで、私が一番好きなアイルランド・ゲール語の歌「Oidhche Mhath Leibh」を歌ったら、なんと吉田さんが一緒に歌って下さった。
僕も一番好きな歌ですと仰って。
そして原口さんも津山さんもこの歌をご存知であることに本当に驚きました。
今にして思えばそれは当然で、吉田さんのような方たちが普及して来られたからこそ私のような音楽全般に昏い辺境の人間もこの歌と出会うことができたんですね。
それにしてもSi-folkの皆さんと初めて共に歌ったあの時間を私は忘れられません。
自分以外に歌う人を知らないこの歌を長い間大切に抱えてきて良かったな、という思いが一気に膨らんで氷解して目頭が熱くなったこと。
その翌々年2021年の初夏に津山篤&長野友美トラッドソングスデュオの1stアルバムのレコーディングをしました。
録音には吉田さんも(そして原口さんも)参加して下さり、同年11月、ケルトシットルケコンサートと京都磔磔でのCD発売記念ライブにメンバーとして参加して下さいました。
その度に一緒に「Oidhche Mhath Leibh」を歌えることが嬉しかったです。
英語にすると「Good night to you」となるこの歌は抜粋するとこんな歌詞です。
〽︎
さようなら
おやすみなさい
おやすみなさい、あなたに祝福がありますように
いつも健康でいられるように
おやすみなさい、祝福あらんことを
〽︎
今も津山さんと旅する先々で歌うたび、吉田さんが一緒に歌って下さっているような感じがします。
・・・たぶんライブ中にこのお話をすると声が震えてしまいそうだし、順序立てて上手く話せそうにないし、思い出は長く親交のあった津山さんたちがお話して下さると思うので
私の思い出は忘備録も兼ねてここにしたためることにしました。
読んで下さってありがとうございます。
それでは4/16(日)難波BEARSでお会いしましょう。
●2023/3/29 記【ひと段落】
色々終わって頭の中空っぽです。
ただ何かは書いておきたいなあと思いまして、私の作った春にまつわる曲の歌詞を3つ掲載します。
「春」
見慣れぬ街の色
不安な私はまだぐぜりの途中で
けれど花はほころんで
まるで知っているような春の中に座り込んでいる
明るい陽射し...
春は騙そうとする
愛しさや優しい思い出ばかりで
けれど冷たい流れに
運ばれてきたここでしか生きられないよ
明るい陽射し...
ああ遥か故郷の港町に埃っぽい風が吹いて
あの人の背を包む季節
「つばめ」
ぬるい空気を切り裂くつばめ
高く低くエスキース描いて
ひるがえりの中にだけ色を差す
指で追いかけて
曇り空が眩しくて見失ってしまった
どこへ行くの?小さな体で
しなやかに時を滑る
壊れた空の破片は砂利道の上に散らかって
いく日もこのまま
たくさんの違う影を映している
覗き込んでるよ
違う姿はないかってずっと探してる
指で追いかけて
曇り空が眩しくて見失ってしまった
どこへ行くの?小さな体で
しなやかに時を滑る
どこへ行くの?迷わない翼で
しなやかに時を滑る
「まひるまの(仮題)」
眩しい春色の陽だまり
ふわりこぼれる日曜日
誰にも言えないこといくつ隠した?
小さなその胸に
君の出来事はHidden
土砂降りに傘もなく
悲しみさえ見つけられずに彷徨う
そうHidden Hidden Hidden
いつまでも宙返る季節
ポツリポツリと音は飛び
あの時の思いはディテールを
何度も変えて会いに来る
僕の片割れはHidden
まだ見えぬ愛の星
優しささえ触れない闇の向こう
そうHidden Hidden Hidden
●2023/3/9 記【弥生のおみやげ作り】
毎年3月にフジコさんと二人で開催している『弥生の二頁』演奏会のおみやげ作りを始めています。
来場者の皆様に毎年お渡ししているのですが、その年によって内容は違っていて刺繍入りコースターだった年もあれば巾着袋やランチョンマット、
苛性ソーダを化学反応、熟成させて固形ソープを作っていた年もありました。
振り返れば毎回いろんなことに手を出して来たものです。
今回のおみやげも来ていただいてのお楽しみなのですが、これまでの二人ともが同じアイテムを作るスタイルからちょっと趣向を変えて、お互いが違うパーツを担当して合体させ一つの作品として完成させるスタイルにしてみました。
うまく仕上がるといいな〜と思います。
弥生の二頁では二人の作品展示も行うのですが、私はここしばらくの間で制作した竹笛を展示予定です。
ライブで使っている笛数本は展示できないのでその分もう少し作り増やしたいところなのですが、時間があるかなあ。
大変ありがたいことではあるのですが、ちかごろ先々のライブのことでどんどん忙しくなって来ているのです。
フジコさんは藤乃智求(ふじのちきゅう)という雅号で絵を描いておられ、今年も絵画作品を展示されると思います。
彼女の作品が壁を飾ると一気に華やかになるのでいつもほっとする私です。
●2023/2/27 記【映画】
映画館で観た「イニシェリン島の精霊」が面白かった。
本編が始まる前に他の映画の宣伝が流れるけど、甘い声色のナレーションで「感動を呼ぶ」とか「世界中が涙した」とか「押し寄せるカタルシス」といった言葉が使われていると、宣伝って多くの人に期待感を持ってもらえないといけない大変な仕事だなあと思いつつもちょっとげんなりしてしまう。
少なくとも自分はそんなものを得たくて来ているのではないから、、、。
私は、「動物と人とが暖かく触れ合った末に死別する」みたいなストーリーがダイジェストで流れるだけで条件反射でボロボロ泣いてしまうとてもちょろい人間だけど、ボロボロ泣かされたから良い映画だとは思わない。
ちょろい分、そうしたセオリーに泣かされてしまうことはむしろ迷惑な暴力に感じる。
内容の芸術性を無視して「劇的な情動が得られる」という"効能"に価値を置く宣伝手法や作品が昔から好きじゃないのだ。
もとい、「イニシェリン島の精霊」はそんなげんなりとは無縁の久しぶりに良い映画だった。
買ったパンフレット冒頭の作品解説はなんかちぐはぐに感動を押し出していて「作品をPRするって大変な仕事だな、、、」とやっぱり思ってしまったけれど。
去年公開されていた「ベルファスト」「シェイン」と、アイルランドが舞台となっている映画を二つも見過ごしてしまっているので早く追いつきたいものです。
●2023/2/4 記【節分】
イラストのお仕事を頑張るぞ!
と気合を入れた矢先にPCが壊れました。
その瞬間「なんてツイてないんだろう」って考えが頭をよぎったけれど、
アップルショップに壊れたPCを持ち込んだら「7年もお使いでしたら経年による破損ですよ」とスタッフさんに言われ、
ツイてないどころか長年トラブルも無くキビキビ働いてくれて、
ほとんどバックアップも取れていたタイミングでブラックアウトしたあっぱれなPCと自分の運というものに対して恥ずかしいような詫びたいような気持ちになりました。
ラッキーもアンラッキーもそんなふうに近視眼的な思い込みでしかないのなら、不運不遇を数えて嘆くより手や足を動かしたいものです。
鬼は外〜〜、福は内〜〜。
そんなわけで節分に新しいPCをお迎えしました。
●2023/1/11 記【声についての経過ご報告】
結論からお伝えします。声の調子は良く、ほぼ元に戻りました。
本日、今年最初の耳鼻咽喉科へ行きまして、まだ少し咳や声のかすれ、片耳の聞こえにくさが残るものの声帯の腫れはすっかり無くなっているし耳の中もきれいになって来ているとのことでお薬の処方は全て止めますとお医者さんに太鼓判をいただきました。咳がぶり返さない限りこれ以上の通院は必要ないとの事です。
私はお医者さんに喉の奥を大きく開いて診てもらう自分の姿が、これから巣立ちという時に親から最後の餌をもらう雛鳥みたいだったなあなんて、診察後にネブライザーを吸引しながら思っていました。
そうです、できるだけまたここへ戻って来ることのないようにしたいです。
去年の12月に鼻腔に溶連菌を増やしてしまったことで声帯が腫れ、全く声が出なくなってしまったところからほぼひと月。
渦中では治りが異常に遅く思えて不安になりましたが、今は一日ごとに発声の自由度がぐんぐん戻ってきて繊細なコントロールが利くようになってきた安堵もあり、振り返れば過去に罹患した風邪と同じくらいの回復スピードだったんだなと思います。
(ここまで声が出なくなったのは初めてでしたが。)
ライブをキャンセルしたりガサガサの声でライブしてしまったり、だいぶご心配とご迷惑をおかけしたこともあり、帰宅してすぐこれを書きました。
改めまして皆様、申し訳ありませんでした。そして私の抜けた穴をカバーして下さったり励まして下さってありがとうございました。
取り急ぎのご報告でした。
●2023/1/8 記【今年もよろしくお願いいたします。】
去年に続き今年も何とかお正月帰省し、飯盛神社に初詣しました。
新型コロナが日本にも入ってくる直前、2020年のお正月に引いたおみくじがこれまでに無いほど厳しい内容だったのですが、それからしばらく帰省できなくなり祖母のお葬式にも出られなかったことを思うと神様が心のワクチンをほどこしてくれたのかもなんて意味づけをしていました。
が、今年のおみくじもなかなかに厳しい内容でして(笑)
未来に萎縮すると人の心には硬い殻が形成されてチャレンジをしなくなってしまうから、健康に気をつけて三食きちんと食べたり十分に睡眠を取ったり細々ケアして身体を守る行動はすれども、新しく訪れる展開を闇雲に怖がらないようにしたいなあと思います。
この寒い季節に我が家のベランダでツマグロヒョウモンの越冬幼虫が蛹になっていました。
このように生まれや成長のタイミングのせいで運悪く真冬に蛹化するような個体の多くは羽化しても寒さで動きにくい上に異性にも会えず死んでしまうでしょうけれど、ごくまれに生き延びて繁殖する者もいるでしょう。
そんなイレギュラーな者の子孫が新天地に栄えていくことを思うと、私の知る人間界の奇人変人たちのお顔が浮かんで来たりします。
私もタフな彼ら彼女らを見習って行きたいものです。
●2022/12/26 記【雑記】
12/23(金)のワンマンライブで歌い納めでした。
カサカサの声でしたが、2週間ほど全く声が出なかったので歌える喜びを噛み締めるライブになりました。
乾燥と埃で傷ついた粘膜に自家製のばい菌(溶連菌)が増えてしまったみたいなのですが、もう繰り返すのは嫌だなあと思うので、またうっかり粘膜を悪環境に晒さないようにしつつ丈夫な身体をコツコツ作るしかないですね。
今回は二つのライブをキャンセルしてしまいました。本当に申し訳なかった。
同時期に新型コロナに感染してライブに出られなくなったミュージシャンの親友が「悔しい!」と言っていたのですが、私のほうは不思議と悔しい気持ちは湧かなくて、今できることを淡々とこなす日々でした。もしかしたらそれも実は悔しさがバネになっていたのかもしれないけれど。
声の出なくなる直前の磔磔ライブの日、津山さんが自己紹介で「津山篤&長野友美トラッドソングデュオ、という"バンド"です」と言っておられてハッとしました。
そして「バンドかあ、そうだなバンドだな」と思いました。
私はバンドやりたいなぁと思ったことはこれまで度々あったけど、バンドになれたことは一度も無かった。
仲が良くて音楽的にも尊敬している人は多くいるけれど、だからと言って一緒に音を出せばバンドになれるかと言うと、多分そういうことではないんでしょう。
不思議なものなのです。
とにかく津山さんと一緒にやりたいことが山積みです。
もちろん私のソロ活動もやった上でですよ。
それではまた。
●2022/12/9 記【体調不良のため12/10音凪ライブを中止にいたします。】
12/8(木)から声が全く出なくなりました。
こうなるともう12/10(土)までに元に戻る見込みがないので、大阪 音凪食堂さんのライブを中止にさせていただきました。ごめんなさい。
西村哲也さんとの演奏は来年に実現したいです。
声が出ない以外は元気です。
また信頼しているお医者さんに「処方箋と栄養と睡眠、声は時間薬ですね」と言っていただいてるし、他にもやりたいことがたくさんあるので特に辛いとか悲しいみたいなことも全くありません。
とは言え心配される方もいらっしゃるのでここに経緯を書いておきます。
覚え書きそのままなのでぶっきらぼうな文体ですが。
------経緯-------
・12/4(日)ツアー先のホテルに宿泊し、翌朝(12/5)鼻腔の奥の乾燥と喉の荒れを感じる。
あまりの寒さに就寝時にもエアコンを使ったことで乾燥とハウスダストで鼻腔を痛めた可能性。
・12/6(火)発熱も怠さも全く無かったが鼻腔の炎症はやや悪化している。新型コロナが流行っていることもあり、念の為耳鼻咽喉科で検査をしてもらう。結果は陰性。
・12/7(水)処方箋が効いて声枯れ以外は回復傾向だったので磔磔で演奏。しかし夜になるにつれて声枯れがひどくなる。
・12/8(木)本日、朝から全く発声できなくなる。最初に駆け込んだ耳鼻咽喉科が定休日のため家から二番目に近い耳鼻咽喉科へ。
この病院で初めて内視鏡で調べてもらえた。鼻腔のあちこちが膿だらけで、炎症性の鼻水が喉へ落ち続けているせいで段々と声帯が浮腫状になったようだ、との診断。
また喉から取ったサンプルからうっすらと溶連菌を検出(この時点で抗生物質処方)。
一過性のものなので鼻腔も声帯もちゃんと治りますよと言っていただき、ネブライザーと鼻うがい。
以降、私の希望によりこちらの病院に通うことにする。
・12/9(金)左耳が少し詰まって痛みがあったので今日も病院へ。中耳炎、外耳炎を併発していたが、諸々処置してもらい、昨日から服用開始した抗生物質が中耳炎にも一様に効くという説明に納得。
鼻腔は昨日に比べてかなりきれいになっているとの話。私の感覚とも一致する。
痰が切れ始め、時々ではあるが湿潤な咳が出る。溶連菌感染を拡げる心配あり、しばらく人との接触は控えたい。
------------以上
今、色んな方から温かいお見舞いの言葉、励ましの言葉をいただいています。
本当にありがとうございます。
たったひとつ気掛かりなのは、7日の演奏で無理をしたんじゃないかとお思いの方がおられることです。
お医者さんには7日に大きな声を出す(歌う)仕事をしたことも伝えましたが、これは声帯を無理に使った時になるような腫れではなく、炎症性の鼻水が喉に落ち続けたことによる腫れなのだそうです。
つまり、どう声を使っても使わなくても、リンパ液混じりの鼻水に虐められ続けた声帯は時間経過でこのようになっていたという事です。
私自身、12/7の磔磔『ちゃんぽん音楽祭』までは声帯が何とか持ち堪えてくれたんだな、と捉えています。
ついでに言えば、実は私の歌い方は普段会話する時よりもうんと負担のない楽な発声です。
磔磔ライブをご覧になった方ならおわかりいただけると思いますが、曲の説明をしている時の喋り声はひどいガラガラでも歌はそんなことなかったでしょう?
一日中とめどなくお喋りし続けられるって人のほうが本当は凄いんですよ。
それではまた。
●2022/10/4 記【2本の笛の物語】
9月に竹製の笛を二つ、自分の手で作った。
今年の春に故郷である佐世保に演奏へ行った際、九十九島の美しい入り江を望む古民家「海からの風」でコンサートをさせて頂いたのだが、その日オーナーの智さんが古民家の程よい通気のある屋根裏で3年以上寝かせた切りっ放しの竹を「好きなのを好きなだけ持ってっていいよ」と下さったのだ。
楽器にするための木材も竹材も乾燥させて安定した素材になるまで長い年数がかかるので、こうした竹が手に入るというのは貴重な機会である。荷物の多い演奏ツアー中でなかったら欲張ってもっとたくさん頂いたかもしれないけれど、何とか持ち帰れたのは違う太さを持つ50センチ程にカットされた2本のみであった。
今回は太さの違う竹で音質等がどう変わるのかという好奇心からどちらも同じC管で作ってみた。
篠笛のようにある程度外径内径が揃うよう選別した竹材でもなければ塩ビや金属パイプみたいな規格品でもないので穴の位置はほぼ勘だよりだった。
吹く技術が未熟なのできちんとした評価にはならないが、初めて作ったにしてはそんなに悪くないものが出来たと思う。
私は手を動かして何かを作ることが好きだ。
ただし、その時々で作りたいものは変わる。
ある時は急に曲を作り出す。
いつもふっと何かに取り憑かれ、それが訴えてくるものを正しく再現できるまで夢中になっている。
完成すると「何かが私の中からようやく去って行った」と感じる。
そんな風だから次はいつ何を作るターンが訪れるのか全く読めない。曲なのか絵なのかミシンを使うことなのか、はたまた今回のような木工なのか。
ぶれずにひとつのことを極めて行けば「私は○○屋さんです」と、少しは胸を張れるかも知れないのに、そうゆう利発な道へは全く向かわせてくれそうにない。困ったもんだ。
こう書いていると、自分の意思ではいつ何を作るかをなかなかコントロールできない己こそが扱いにくい規格外品のようで少し情けなくなるのだが、この歳まであらゆる手段を試みて矯正できなかった性質なのだから近頃はもう大部分割り切っている。
それよりも得てきた幸せの方を見つめたい。
制作ができること自体が幸せだし、自分が作らなければ存在しなかった歌や絵に囲まれる人生はまことに素晴らしい。
作った笛はこんな己を映しているようで可笑しくも愛おしい。
ひとつめは反りを矯正できないかと試みて熱しすぎ一部焦げてしまった(そして反りは直らなかった 笑)笛、ふたつめは穴を開ける場所が外れてパテ埋めリカバリーされた笛。
一筋縄には行かなかったけれどまあまあ気持ちの良い音色のする2本の笛である。
●2022/8/20 記【音のお便り再開しました。】
去年あたりからYoutubeに上げ始めた宅録音源「音のお便り」を再開。今回9通目です。
このご時世でなくてもなかなか会いに行けない西の果ての生月島でカフェをされている松尾一正さんが詞を乗せられた曲。
メロディは詳細不明ですがはるか昔からアジア圏に伝わるものなのだそうです。
それから今年吹き始めたインドの横笛バンスリーももっと自由に吹けるようになりたいので時々Youtubeで発表してみることにしました。
●2022/8/2 記【海の中からざぶざぶと】
もうひと月前のことですが、東京ローカル・ホンクのフロントマン木下弦二さん、ラヴラヴスパークとの三人ライブを開催した日、「海の中の海」という自作曲を久しぶりに歌ってみました。
ライブでは「今読んでいる本にジョルジュ・バタイユの『水の中の水』という言葉が出て来きて、よく似たタイトルの自分の曲を思い出したので」と説明していましたが、実は話が長くなりそうだったので割愛したもう一つの理由がありました。
このライブの何日か前にFaceBookで「社会に差別が在って、自分が差別されているという実感がない場合、自分は差別に加担している、と言っていいと思うけど、どうだろ?」という一文を弦二さんが投稿しておられたのです。
そのアンサーソングにはなっていないんですがテーマに因んだ曲として選んだのでした。
ちなみに私のアンサーは、実感のある無しに関わらず全ての人は差別をするし差別をされている。差別を内面化し、そうされるのは当然と思い込むことで加担もしている。これは人と人とが現在よりもっと穏やかな関係性を持てる時代へ移ったとしても見出そうとすれば際限なく見出し得る根源的な(逃れられない)ものだろうと思うので、「Yes」になります。
ですが「差別を無くすなんて出来ないんだから、無くそうとする運動なんて無意味」と言うための「Yes」ではありません。
私たちは知らない内に差別したり加担してしまう存在だけれど、同時に、差別から解放されたいと願う存在でもある。常態として解放の途上であること(全ての差別は無くせないこと)を問題視しても仕方がなくて、そこで止まらずにリアルに散らばる個々の問題を見つめ他者に寄り添うことが大事じゃないかな。
だからいつも自省しつつ歌うのですが、たまには歌詞をここに書き出してみますね。
「海の中の海」作詞作曲 長野友美
風は南からやって来る
きらきらと水面をくすぐりながら
秘密をここで明かしてみても
きっとあなたには何も見えないでしょう
そう私の姿は見えないわ
まるで海の中の海
あなたはいつも知りたがる
きらきらと無邪気に扉を叩く
だけどその瞳に映し出すのは
あなたのお気に入りの答えばかりね
私の姿は見えないわ
まるで海の中の海
あなたには何も見えないね
まるで海の中の海
自分と全く境遇の違う人の苦しみというものは共感ベースではなかなか見えないものです。(と、これは昔ロバート・キャンベルさんのLGBTに関するコラムで読んだことだったかな)
人は「その気持ちわかるよ〜(私にも似たようなことがあった)」という共感で繋がるのは得意だけど、自分と全く重ならない固有の心情を受け止めるのは下手くそだ。
だから「痛い」と言ってる人に「他の誰も痛がってないから、気の持ちようじゃない?」なんて答えてしまったりするし、
親に虐待されて育った人に「親には感謝しなくちゃダメじゃない」と平気で言えてしまったりする。
共感を頼りにすると海の中に海しか見えない。ある人の前には海ではなく断崖が立ちはだかってるなんて想像もつかない。
その点、たびたび感じてきたことですが、弦二さんは自分の海の中からざぶざぶ出てきて、その強い探究心で社会にある色んな出来事をやわらかくまっすぐ見つめてブツブツ考え、「俺こう思うけどどう思う?」なんて対話を促しながらマンツーマンの感覚で歌を聴かせてくれてる稀有な人だと思う。自分の意見をきちんと表明しつつも道徳や正義で人を圧迫しない。もし自分が子供だったら一番いて欲しいタイプの大人だ。
音楽性に関しては言うまでもなくとびきり素晴らしい人ですけれどね。
もう一人の共演者ラヴラヴスパークのこともそのうち改めて語りたいですが長くなったので今回はこれにて。
●2022/6/28 記【コンピレーションCDケルトシットルケVol.7】
年明けにバンスリというインドの横笛を買って以来、ずっと吹いています。
フルートとは違い音階が2オクターブに満たない竹製の笛ですが、うまく吹けば深みのある魅力的な音を出してくれます。
今年2月からしれっとデュオライブでも吹き始め、ライブの場数でごりごり鍛えていくスタイル。
初めての楽器に対して日々自由度が増していく感覚がとても楽しい。
今年秋にコンピレーションアルバム「ケルトシットルケVol.7」という作品が発売される予定なのですが、先日はそのレコーディングでもこのバンスリを吹きました。
津山篤&長野友美で3曲参加。芦屋のビートショップスタジオさんでレコーディングを終え、現在Mixを調整中。
それからアルバムノーツには曲の歌詞と解説も掲載されるため、現在がんばって下調べ&執筆中です。
コンピレーションということで、関西のケルトミュージックシーンの今を垣間見れる興味深い内容になりそうです。
ケルトシットルケコンサートのその年ごとの出演バンドがこのコンピレーションアルバムに参加する流れのようで、バックナンバーも楽しそう。
CDはネットショップ、実店舗でも注文可能で、サブスクもされるそうです。
もちろんライブでも販売しますので秋にぜひお迎えください。
それではまた。
●2022/6/15 記【コブシをまわす歌】
去年11月の京都磔磔で開催したトラッドソングデュオCD発売記念ライブでゲスト出演して下さった山海ひでひろさん(ex.アンティック・フォークロア。トラッドソングデュオCDに「風の物語」という日本語の歌が収録されていますが、それがこのバンドの曲のカヴァーです。)が 磔磔ライブ以来久しぶりにライブされるという事で、先日Live&Salon夜想というお店に観に行ってきました。
この日は私の夫である栗本英明さん、そして稲富英樹さん(g.vo.)+小池克典さん(Pf.)が共演で、全員大好きな知り合いという嬉しいライブでしたが、小池克典さんもアンティック・フォークロアのメンバーだった方です。
ライブ後に 山海さんがトラッドソングを歌っている私の動画を小池さんに見せられていて、小池さんが「長野さん、こんな風(民謡調)にも歌えるって知らなかった!」と仰ったのが嬉しくもあり、ちょっと意外でもありました。
言われてみれば このデュオを始める以前、アイルランド、スコットランド民謡特有のコブシで歌うのをライブで披露したことは数えるくらいしかありませんでした。
時々は依頼を受けて民謡メインでやることもありましたが、それを聴いて下さった方は思い出しながら数えられるくらい少ない人数です。
自分の中では「やってる感」モリモリだったのに知り合いにすら認知されていなかったことに気がついて「そうだったのか!あ、そりゃそうだよね、、、」となっているところです。
自分の中では今更感なのですが言っておかねば。私は民謡が、コブシをまわす歌が大好きです。ケルト圏に限らず、聴くのも歌うのも。
でもオリジナルソングを作るときにはほとんど発揮されてないですね。
コブシがぴったりしっくり来るような曲を作ってないから。
今のところ自分にとってオリジナルソングは限りなく自分の本来の話し言葉に近くて、語りかけの延長だから、そこからかけ離れた要素をあんまり使ってないんですよね。
ですから民謡を歌う私というのは、もしかしたら津山さんと出会ってなかったらいつまでも今ほどに認知されることはなかったかも知れないですね。いや間違いなく。少なくとも今みたいにレパートリーは増えていません。ありがたや、ありがたや。
46歳から自称民謡歌手、本格的スタート。人生がちょっと短すぎる気はしますが存分に楽しみたいと思います。
トラッドソングデュオのYoutube動画は活動始めたてという事もあってまだとても少なく、あったかと思えばあんまり良いところが伝わらなさそうなものばかり。
もう少し楽しんでもらえそうなものを上げたいなあという欲が出てきていたところなのですが、
6/3の京都拾得ライブを録音して下さったものがあって、津山さん曰く「ええ感じやったよ〜」との事なので近々編集してアップされると思います。静止画になりますが。
またお知らせしますね。
それでは。
●2022/6/7 記【防府市、佐世保市、長崎市、京都市とあっという間に】
トラッドソングデュオは5月の西への演奏旅が終わり、そして先日6月3日に京都拾得ライブが終わりました。
津山さんが南アルプスの仕事へ行かれるのでこのデュオライブは山シーズン中お休みです。だけど夏休みにふさわしく、ちゃんと秋以降に向けた宿題もコッテリとあるんですよ。(笑)
6/3京都拾得にお招きした畑下マユさん(with元山ツトムさん)のライブは夢見心地で、「火取虫」という夏の季語がありますが 私に取って彼女の音楽と声はまさに抗うことができず火の中に飛び込んでしまうような甘い魅力です。彼女の感動的な音楽がそれにふさわしく大きく広がることを願います。
さて、音楽に入り込んでいるうちにサッと時間が過ぎていて、気がつけばこの日記コーナーを更新するのも久しぶりになってしまいました。
これから梅雨入りして酷暑がやって来ますね。私は体調を崩しがちな時期なので、無理のないプランを立てつつメリハリ付けて出来るだけ楽しんで過ごしたいです。
ここをご覧くださった方もどうかお身体大事に、少しでも楽しむことを忘れずに過ごして行きましょうね。
●2022/3/28 記【弥生の二頁vol.10、ご来場ありがとうございました。】
ここ一年ほどトラッドソングばかり歌っていたせいか、自作曲を歌うのがちょっとだけ新鮮だったのと同時にほんの少し疲れました。
日本語であったり、自分に極めて近いものの情報量の多さに心身がびっくりして。
オリジナルでもカヴァでも、どの歌にも距離感とか扱いの困難さがあって、それでも大好きだし大切だからこそ普段さほど気にせず歌えているんでしょう。
好きなことって何でもそうかもしれませんね。
10回分の時間を共にしたフジコさんの歌は今回も気持ちよくギターは星がはぜるようにキラキラと聴こえていて、すごい自画自賛?愛着?かもしれないけれど彼女の歌はこの弥生の演奏会、ここカフェウッドノートで聴くのが一番ではないだろうかと思ったりしました。
少なくともかつてこの場所へ彼女をいざなった、それだけは確かな私の功績と言えるでしょう。少しだけ胸を張らせてください。
特別なことは何もなく続けて行くことだけやりましょ、と始めて10回目。
いつしか作品展示もやるようになり、弥生のおみやげ作りをするおかげで色んな風変わりなスキルが身について行ってます。(笑)
こんなふんわりした内容の演奏会を受けてくださるカフェウッドノートの店主、スタッフとして来てくださるマーラさん、ずっと付き合ってくれているフジコさんにも改めて御礼を。ありがとうございました。


●2022/3/14 記【広島市、福津市、糟屋郡での演奏を終えて】
トラッドソングデュオ、三日間の短いツアーライブから本日京都に戻りました。
今回、レパートリーの中で一曲、しっかりと歌い伝えることに苦労した曲がありました。
今歌うにはあまりに生々しく、ライブ初日には不覚にも最後に泣き出してしまう有様で。
「泣いてしまうことだってリアルなパフォーマンスの内でしょう、そうゆうものが見たいですよ」と言って下さった方もありましたが
ミュージシャンとしてそうなることは私は最小限に止めたい。恥ずかしいからと言うよりも、ひたすら虚しくなるので。
つまり私が100回人前で泣くよりも、この曲を一回プレーンに聴いてもらう方が伝わるのです。
津山篤&長野友美のトラッドソングアルバム歌詞ページに掲載している「No mans land」という歌の翻訳をここに引っ張り出してご紹介するとともに、世界で行われている全ての戦争に反対します。
『墓標の国』 作詞・曲エリック・ボーグル/邦訳 長野友美
やあ、調子はどうだいウィリー・マックブライド(※1)
君の墓のそばに腰掛けてもいいかい?
暖かい夏の太陽の下でしばしの休息
僕は歩きっぱなしで1日が終わってしまったよ
墓石に、君が1916年の大きな戦闘(※2)において19歳の若さで亡くなったと書いてある
僕はできればその死があっけなく訪れたのだと思いたい
それとも、それはゆっくりと進行したおぞましいものだったのかい?
音楽隊はゆるやかにドラムを叩き
君のひつぎが降ろされる時、弔銃発射はなされたか?
彼らはコーラスのしめくくりにラッパを吹き鳴らしたか?
バグパイプは「森の花」(※3)を奏でたか?
君は妻か恋人を後に残したのだろうか?
その面影は祀られた 1916年に亡くなったとして
愛しい人の誠実なる心の中 君はいつまでも19歳のまま
それとも君は名前もわからぬ見知らぬ者として大勢の写真立ての後ろに永遠に祀られ
その古い写真はぼろぼろに汚れて
茶色の皮のフレームの中で色褪せて行ったのかい?
フランスの緑なす草原に太陽が輝く
暖かい風がそよぎ、赤いひなげしたちが踊る
塹壕(ざんごう)は鋤(すき)で埋められて久しく
毒ガスも無く、有刺鉄線も無く、銃が発砲されることももはや無い
だけどこの墓標の国には誰ひとりとして住まうものも無く
物言わぬ目撃者たる白き十字架が無数に立つのみ
彼ら「友」への、人々の盲目的無関心
それがあらゆる世代の人々を虐殺し破滅させたのだ
僕はどうしようもなく不思議なんだ、ウィリー・マックブライド
君たちが死にゆかねばならぬ理由を一体誰が作り上げた?
その理由が語られた時、君は本当にそれを信じたか?
戦いを終わらせるための戦いだと、我々は本当にそれを信じたのか?
その苦しみ、悲しみ、栄光、恥、殺戮、死、それらは全て無駄だった
おおウィリー・マックブライド、それらは全て再現されたんだ
再び、再び、再び、そして再び
音楽隊はゆるやかにドラムを叩き
君のひつぎが降ろされる時、弔銃発射はなされたか?
彼らはコーラスのしめくくりにラッパを吹き鳴らしたか?
バグパイプは「森の花」を奏でたか?
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※1.Willie McBride。彼のファミリーネームからスコットランドの出身者であることがわかる。
Repeat部分でスコットランド流のとむらいの情景が描かれていることからも。
※2.WW1において多大な戦死者を出したフランス、ソンムの戦い(1916)と思われる。
※3.『The Flowers Of The Forest』スコットランド地方で戦死者へのたむけに奏でられる曲。
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広島市OTIS!、福津市うらんたん文庫、糟屋郡南蔵院 十二匁ホールにご来場ありがとうございました。
●2022/3/1 記【弥生の二頁の歴史】
今年で10回目。節目ということで作ってみました。

年数の辻褄が合ってホッとしました。
ここまで来るといつから始めたやらどの年に何をしたやら忘れてます。
初期は印刷に出す暇もないといった調子で手描きをコンビニでカラーコピーしたり自宅のプリンターで出力してますね。
たぶん二人とも今のほうが時間に追われていると思うんですが、長くやって来たせいで気持ちがジタバタしなくなったようです。
とか言ってて今年ずっこけないようにしたい、、。
展示も演奏会のほうもどうぞよろしくお願いします。
●2022/1/26 記【Both Sides the Tweed】
1月唯一のライブを終えて翌日、
京都御苑を散歩していたらツグミもシロハラも去年と同じ林の中にちゃんとやって来ていて
ふっくらと積み重なった落ち葉をクチバシで払い退けながら食べ物を探していました。
エリアによってはこの二種類の飛来が少ないという話を聞いていたので少し安堵。
まあ鳥には鳥の事情があると思うので勝手に心配したり安心しているだけなんですけど。
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津山篤さんのソロアルバム「The Fake Star Judgeman & The Havens」に「Both Sides The Tweed」というスコティッシュ・トラッドソングが収録されています。
Tweedというのはそのまま辞書を引くと羊毛を織って作られるツイード生地のことですが、ここでは川の名前で、邦訳すると「ツイード川の両側」となります。
不本意にもイングランドに併合された人々が「祖国を失ってしまったがこれからは友情と名誉で結びつき、ツイード川の両側(この川が当時の国境線だったのでしょう)で花を咲かせよう」という悔しさを孕んだような内容の歌。
この詩に曲を付けられた作者のディック・ゴーハンさんやメアリー・ブラックさんのバージョンも好きだけど
私は津山さんの歌う「Both Sides The Tweed」がかなり好きです。
美しいメロディなので自分もよく口ずさむけど、ライブで歌えるほどにはなかなかしっくり来ません。油断すると不必要に思われるムードがうっすら入ってしまったりして「違うんだよな~」と独りごちています。
歌には好き嫌いに関わらず向き不向きがあることを年々痛感しますが、これはその人それぞれに持つ特性、人生経験、バックグラウンドの違いによるものなのかも知れないですね。
津山さんの「Both Sides The Tweed」は雄々しく歌い上げてはいるけれどそこで自分や誰かの感情をいたずらに代弁してやろうとしない清涼さがある。喪失したことへの愁いや悔しさではなく喪失したものの美しかったこと、その風景のほうが伝わって来ます。
そこが誰にでも出すことができないムードかなと。
だから1月のライブは津山さんがメインで歌うこの曲が新たに加わったことが嬉しかったです。
津山さんのハードルを上げる意図はなく(笑)これにてドロン。
●2022/1/13 記【今年もよろしくお願いします。】
雪の降った昨日とは打って変わって今日はよく晴れました。
でも大勢で金木犀の垣根に止まった雀たちは、それは寒そうに膨れています。
外を歩けば車の音を始めとした街の喧騒にもすっかり冬鳥たちの鳴き声が染み付いてきました。
あんなに大声で鳴き合っているのに耳障りではないのは鳥と人との間にこれといった用事がないからだ。
お互いとくべつ用事がなくても鳥には人の街が住みやすそうで、人には鳥の声は心地よい。
これくらいのサラリとした関係性で一緒にいられるのは気持ちがいいことだなあと思った1月の朝でした。
●2021/12/24 記【トラッドソングに潜む妖精】
寒波が近づいて来ているせいなのか日中をぐったりと無為に過ごし、
今夜はおとなしく早めに眠ろうと思ったら肩こりがきつくて眠れなくなってしまったので未明にこれを書いてます。
今週明けから『ダリエ・ロ・サイテン・ディエ・モナヴィエール』に収録されている曲の歌詞を少しずつ当サイトにアップし始めています。
不明箇所が多かったり情報量が多かったり私も含めみんなが老眼だったりで期限に到底間に合いそうになく、CDに歌詞ブックレットは付けなかったんですが
今では入手困難なテキストもけっこうあったりするのでこの機会にネット上にも置いておこうという気持ちになりました。
『Trad Song』ページ冒頭のCD紹介スペースのすぐ下にひっそりと『Trad Song Lylics』というページへのリンクを設けていて、
年明けには全12曲分のテキストが見れると思います。わかる範囲で解説や訳詞も書いています。
Twitterでそのことをつぶやいたら身近な方達が思いの外反応してくださって、
たとえ何が書かれているかわからなかったとしても歌詞を見たいという方は意外に多いのかも知れないですね。
トラッドソングって古いメロディに色んなバージョンの歌詞が付いていたり新しい歌詞が乗って古い歌詞が忘れられたりしてるものが多いですが、今夜ふと、かねてより気になっていた歌のことを調べていたら「この歌、最古の録音には無かった歌詞がいつの間にか冒頭に付け加えられてるんだけど、いつ誰がやったの?」という内容の興味深い英文ブログに辿り着きました。
『Hal An Tow』という英国ヘルストン、コーンウォールの6月のお祭りで歌われてきた伝承歌で、ウォーターソンズやオイスターバンドも歌っている有名歌です。
しかし彼らが歌うバージョンと違い元々は「グリーンウッドのロビンフッド」から始まるらしく、現在知られているバージョンはシェイクスピアからの引用と思しき歌詞がいつの間にか追加されているということらしい。
「ロビンフッドから始まる最古の録音は1941年のものだから、きっとフォークリバイバル期に誰かが追加したんだろう。
マイク・ウォーターソンさん辺りじゃない?」
なんて噂も出ていたそうで。
だけどマイク・ウォーターソンさんに確認したところ違うらしい。マイクさんも妙な噂を立てられていい迷惑だったのではなかろうか。
ブログ主さんの推測では、1950年に出版された伝承歌紹介本に『Hal An Tow』が掲載されていて、ぼーっと流し読みしてたらうっかり歌詞の一部だと勘違いしそうな紛らわしいところに件のシェイクスピアから引用した解説が書かれているそうで、
少なくとも1950年以降、誰か慌てん坊の歌手が解説文まで歌詞と思い込んで歌い広めてしまったんじゃないかということでした。
私も今回のアルバムのレコーディングでは歌詞と勘違いして歌詞の前にある解説文まで書き写したりしてたなぁ、、、と苦笑い。
だけど伝播するうちにあらゆることは変容します。
そして理解する試みはもちろん大切だけど、勘違いから始まる面白いことも世の中にはたくさんある。
私はただ楽しみのためだけに色んな調べごとをしてはいますが、歌詞の意味を訳できたとしても、歌の背景を知ったとしても
他民族とか他人の心情がわかったとは到底思えない。解像度の違いはあれど自分の中にある限られた材料で相手の表面を眺めてそれに勝手な感想を持っているに過ぎない。
隣人といえど自分とはほど遠く不可解だからこそ面白かったりしますしね。
そもそも歌の魅力(普遍性)というものは歌詞ではなくメロディのはざまに潜む妖精の仕業かも知れません。
無理やりまとめたのでこれにておやすみなさい。
●2021/12/20 記【長野友美のソロライブのこと】
トラッドアルバムのレコ発ライブが続いたこともあり、しばらく私のオリジナルソングのライブ予定が無くなっていましたが
『弥生の二頁』というタイトルで毎年3月に開催している小さなライブが2022年3/27(日)に決まりました。
今年で10回目なのですが特にアップグレードすることもなく例年通りに催します。
長野友美とフジコのギター弾き語り二人会。
会場のCafe Wood Note(京都市左京区一条寺)ではライブの前の数日間私とフジコさんの作品展示をしますのでふらり喫茶でお立ち寄りください。
そしてライブにお越しの皆様にはちょっと風変わりな弥生のお土産を進呈。
小さなお店ゆえライブは予約制です。
詳細が決まるまで予約問合せは今しばらくお待ちください。
●2021/12/13 記【トラッド・デュオのツアー予定】
先月末発売した津山篤&長野友美のユーロトラッドアルバム『ダリエ・ロ・サイテン・ディエ・モナヴィエール』
早速いろんな方のお手元に届いているようで嬉しいです。
それもこれも常々アンテナを張っておられる音楽ファンの方々、そして情報を然るべきところにしっかり伝えて下さっているレーベルのお陰です。
私の手元にも一応在庫あるんですが、レーベルから30枚お預かりした中の半数がようやく旅立ったところです。
ソロライブが全く無いとこんな調子なんですね。
レコ発ライブ以外の場所で「CDありますか」の声をかけてくれた方、本当にありがとうございます。
CD、すぐに売り切れるなんてことは無いでしょうが、「物」ですのでプレス数は有限です。
どうか私がライブにやって来るのを待たずぜひネットで入手してお聴きくださいね。
まず、こんな特殊な性質のアルバムをノリノリで発売して下さったレーベルF.M.N SOUNDFACTORYにはしっかり潤ってほしいです。
それに皆様におかれましてはライブでお会いできる頃には「もう一緒に口ずさめるよ!」というくらい耳タコになってもらえてたら嬉しいので。
ツアーですが、来年3月には福岡県へライブに行く予定です。
詳細や予約受付はまだこれからですが、3/12(土)福津市うらんたん文庫さんライブがまず決定しています。
感染症状況が読めないので今のところ日数は抑え気味ではありますが。
故郷である長崎方面へは月をあらためて、緑濃くなる季節はどうかと考えています。
今後当サイトのツアー情報が増えて行くと思いますのでぜひチェックしてみてください。
もちろん長野友美ソロライブの予定も増やして行きたいです。
それではまた。
●2021/11/15 記【友人たちのアドバイス】
元々人様の前に立って歌ったり喋ったりするタイプには程遠い自分が 自分から逸脱して生きている中で
仮に野放しであったなら絶対に続けていないであろうことがいくつかあります。
パーソナルスペースが広いゆえ私は人間関係の中に長く居るとぐったり疲れてしまいます。
その上「あの人は口ではああ言うけど内心では〇〇して欲しいんだ」といったことを全く察することができないので
言葉通りにしか受け止められないうちいつの間にかズレてしまって、人を思いやれるどころか人情たるものの輪に入ってゆけぬまま上滑りし続ける悲しきサガ。
常にそんな調子なので超絶向いてないと思われるFacebookやtwitterでの発信も何度やめてしまおうと思ったことか。
ありがたいことなのですが、
私に対するときに言葉と内心の不一致が無く、がんばらずに付き合える友人がいく人かいます。
何かに取り組むのが心底嫌になった時は、そこでやめてしまう前にそうした友人のアドバイスを一度馬鹿みたいに聴くことにしています。
「嫌だからもうやめる」と思った事でも、その人が「続けたほうがいいんじゃない?」と言うならもう一度立ち止まって、じゃあどう変えたら続けられるかなあと考える。大抵は自分の思い込みやこだわりの強さが続けることを辛くしているだけで、楽に継続できる方法が開けて来ます。そもそも若い頃ならまだしも 人生がぶち壊れそうなほど受け付けないような事は誰に相談するまでもなく黙ってやめますしね。笑
友人も毎度神妙になって助言してくれるわけじゃなく、「だって長野さん含め誰がどんな人と繋がり持ってるのか知れるの、楽しいから」なんて自分本位で単純な理由のほうが多いです。それでもわざわざ言ってくれるんだから、短気を治めていっちょ考え直してみるか〜と思えるわけで、、。「楽しいから」の一要素に自分も加えてくれているのは嬉しいですしね。
(でも先に書いた通りパーソナルスペースが広いので、親身になってアドバイスすることで他人をコントロールしようとしたり共依存関係を築こうとする人からは経験上マッハで逃げますよ。)
歳をとるとそんな友人がだんだんとあの世に行ってしまったり周りに年下が増えてアドバイスをくれる環境は減っていくわけで
そうなると私のような癖の強い人間が自分自身の伸ばしたツタに絡まってがんじがらめの団子
になって行くのは火を見るより明らかです。
そんな野放しにすると縮こまってゆきがちな自分から逸脱し続けるべく
友人たちのアドバイスには精いっぱいツタを伸ばし、とっかかりを見つけて広がれるだけ広がって行きたい。
自分「らしくない」ことにたくさん着手して、恥をかいたりして、
いつの間にか想像もできなかったような景色を眺めてみたいものです。
かつて音楽を始めた時の自分がそうであったように。
それでは今回はこの辺で。
P.S.
津山篤&長野友美のレコ発ツアーが始まります。
東京、名古屋、京都、12月は大阪にて。
どうぞよろしくお願いします。
●2021/10/31 記【すごろくの一回休み】
Youtubeにアップしてきた1週間で消えゆく音のお便りですが、ライブの準備が忙しくなって来ましたのでここで一度お休みにしたいと思います。
8通目の音便りを今夜大慌てで録音、アップロードしました。
体調があまり良くなかったので今週は諦めてそのままお休み突入しようかとも思ったのですが、更新時間が迫って来るとどうにもソワソワしてしまい結局突貫工事してしまいました。
これまでの音便りにお付き合い下さった方、ありがとうございました。
楽しい作業でしたので早く再開したいです。
それではまた。
●2021/10/22 記【動画コメントへの御礼】
Youtubeでやっている「音便りシリーズ」にコメントを下さった方、ありがとうございます。
1週間で非公開にしてしまうせいでお返事する間もありませんでしたが拝読しております。
これからもこんな調子になるだろうと思いますが、ひととき楽しんでいただけたら嬉しいです。
●2021/9/17 記【心の中のドッヂボール】
私はずっと自分の声にコンプレックスがあります。
いえいえ、声だけでなくそもそも自分のあらゆる行動を録音物や写真や動画で見返すのが苦痛なのです。
ですがそんなこと言っててもしょうがないなぁと思うし制作発表する楽しさのほうが大きいので、その感情をひらりとかわし、時に受け止め、時に当りどころ悪くて倒れ伏すドッヂボール的ファイトでこれまで音楽活動して来ました。
歌うという行為そのものは気持ちの良いことなのですが、自分の歌を自分で聴きたいかと言うとそうではないというジレンマですね。
ですのでこの先もそんなふうに苦痛と楽しさを天秤にかけてハードルを越えてでないと録音物を発表できないのかな〜と思っていたのですが...。
今年に入ってから不思議なことに、そんな心の中のドッヂボールが急に穏やかになってきました。
ひたひたと更年期の訪れを感じている今日この頃なので、加齢から起きた感情との和解....なんてこともあるかもしれないけれど(ハハハ)、きっかけとしては津山さんと7月までやっていたトラッドのレコーディングが大きいです。
津山さんのディレクションはしっかりしつつも遊び心に満ちていて快晴の日の登山のように清々しく楽しく、制作に対する考え方もかなり感化されたと思います。
そして日々先人の歌に深く入って酔いしれたりトライ&エラーを繰り返しているうちに自分の中に別人格が降りてきたような感覚がありました。
コンプレックスだった自分の声を好きになれました!と言うよりは、これまでよりちょっと距離を置いた大きな場所からフラットに聴けるようになった感じです。
そんなふうに聴けるようになると、これまで恥ずかしさから気になっていたことが気にならなくなったり、それによってこれまで見えなかった課題や素敵な一面に気付いたり、より楽しめるやわらかなメンタリティに変わってきたように思います。
それでこの感覚を忘れないうちにとYoutubeで音便りシリーズを始めてみました。
一週間で消えるという気軽さあってのことですが。
今日は9/20に公開する2回目の音源をアップロードしました。
便利な機能があって、日付が変わると同時に自動的に公開になります。
それではまた。
●2021/9/9 記【サイトのマイナーチェンジあれこれ】
サイトのページを少し作り変えてみました。
長野友美のオリジナル曲を中心とした活動とは別に、今後トラッドソングを中心とした津山篤さんとのデュオの音源発売やライブも控えているので情報がごちゃつかないようにしようというのと、ほとんど静的なページに関しては一番下のサイトマップからのアクセスにして、動きのあるページをメインに置くことにしました。
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私の1stアルバム、3rdアルバムのCDがオンライン上で常に品切れとなっている件ですが、各ショップに発売元であるミディクリエイティブによる在庫補充がなされていない現状です。ですのでAmazonなどのリンクでのご案内は消しました。1曲ごとのストリーミングでは購入いただけます。
このままCDが絶版になったらごめんなさい。
2ndアルバムCDは西沢和弥さん運営のDancing Pig Labelからの発売でAmazonでも取り扱って下さっており、私の手元にも在庫があります。
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それから些細なことではありますが、Youtubeで新たに「音のおたより」というシリーズを始めました。
MV「舟の旅」を公開して以降たいして更新できていなくて、何かやりたいけれどずっと残るものは気が重いなと思い、1週間で消える簡素な音楽のお便りを更新して行くことにしました。第1回目は試運転で少し長めの9/19(日曜日)まで。以降は毎週月曜更新の予定です。
それに伴ってこれまでこのページに貼っていた動画を『Video』ページへ移動しました。
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以上どうぞよろしくお願いいたします。
●2021/8/27 記【終わったこと、始まること】
津山さんと制作中のトラッド・デュオ・アルバムはマスタリングも済みまして、
音に関することが全て終了しました。
11月の終わりに発売予定。
詳細は近日中に発表しますが、11/21東京、11/22名古屋、11/24京都でレコ発&先行発売ライブを予定しています。
その頃の感染症の状況を見ながらにはなりますがどうぞよろしくお願いします。
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それから先日8/23に長野友美withパイカスの拾得ライブが終了しました。
沖縄からちえみジョーンズをゲストに迎えての開催。
お運び下さった皆さまありがとうございました。
自粛された方、平日の大幅な時間の繰り上げで諦められた方、お勤め終わらずお忙しい中キャンセルのお電話下さった方もまたいつか。
どうかお元気でいてくださいね。
そしてこのように、いらっしゃれる方が限られる厳しい条件の中 営業して下さった拾得に感謝です。
デルタ株の感染力の強さ。
酒類提供無しな上に食事することのハードルが高くなってしまった日々。
それゆえにお店への貢献としては大きな課題が残るんですが、そこは私個人で出来ることを何か考えて行きたいです。
ともあれ現在ライブ情報がしばらくの間白紙となりました。
10月あたりにちょこっと入るかもしれませんが、まだわかりません。
これまで同様、決まっても状況によって変わってしまうことも多いと思いますが、ライブを必要としてくださる方とぽつりぽつり
火を灯して行きたいです。
でもそれは無謀にではなく、しっかりと科学情報に基づいて怖がり気をつけながらですね。
それではまた。
●2021/8/6 記【しばらく日記をさぼっているうちに】
津山篤&長野友美のトラッド・デュオ・アルバム、
5日間にわたるレコーディングが終わり、8月中にあと1回スタジオに入ればミックスダウンも終わりそうです。
CDは今年10月のリリース予定となりました。
コツコツとこまめに書いておけば良かったのに、参加して下さったゲスト・ミュージシャンのエピソードをお一人づつ説明して行くのはもはや不可能です。
完成したアルバムを聴いていただけたら名手たちの素晴らしさは必ず伝わると思うのですが
せめて軽くここにご紹介します。()内は今回の収録楽器。
↓ ↓ ↓ ↓
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◆吉田文夫さん(コンサルティーナ、ボタンアコーディオン)
まだ日本のほとんどの人が所謂ケルトミュージックを知らなかったような時代にイングランドでコンサートやパブ演奏を観てまわり、
その魅力に取り憑かれてアイリッシュバンドSi-Folkを始められた方です。ライブではこの他にギターも弾かれるし、民謡を歌われても素晴らしい。
◆原口トヨアキさん(バグパイプ、ローホイッスル、マンドリン、バンジョー)
Si-Folkのメンバーで日本では初のバグパイプ奏者としてキャリアをスタートされた方です。
本場の民謡界でも複数楽器を操れると粋な感じですが、弦楽器から吹奏楽器までをここまで軽やかに味わい深く奏でられるマルチプレーヤーは実際どれだけおられるのだろう。
◆吉田正幸さん(ピアノ)
元・羅針盤。現在は渚にて などで活動されています。
ピアノが弾けもしないくせにピアノが好きで、それゆえに密かに音にうるさい私なのですが、数年ぶりに心掴まれるような演奏を聴きました。
弾いてくださったのは長篇な割にごくありふれたコード進行の曲(それだけ歌詞が強いため)なのですが、ピアノテイクだけ聴いていても全くダレず、むしろこれだけで気持ちいいくらいセンス良い仕上がりで、びっくりです。
◆タケヤリシュンタくん(アコースティックギター)
日本の若きブルース・コバーンだと勝手に思っています。
久しぶりに共演した時にお互いにマイク・ウォーターソンを愛聴しているのがわかって「それじゃあ」と私が提案したカヴァ曲にすんなり合わせてくれたのも凄いんですが、曲の最後に入る救急車の音までばっちり再現してくれて、本当によく聴き込んでるなーと感心してしまいました。
今回の録音でもそうゆうところが発揮されていて、じっくり曲の流れを読み取った上でドラマチックで瑞々しく華のある演奏をしてくれています。
◆藤原弘明さん(フィドル)
この方のことだけ前の日記で書いているので割愛しますが、Mix作業で改めて聴いてもやっぱりすごいなぁと思いました。
私が足し算をしている時に藤原さんは関数計算してるのかというくらい取り組み方が違うのを感じます。
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さて、デュオのお相手である津山さんはレコーディングを終えるやいなや
山開きの準備のため南アルプス暮らしとなり、ミックスの日にだけ下山するという驚きのスケジュールで動かれています。
長年登山道の整備や山小屋の管理をされていて、現・天皇陛下をガイドされたこともあるらしい。
今年亡くなった祖母に聞かせてあげたら喜びそうな話です。
今年秋にはこのデュオで、Si-Folk吉田文夫さん主催のケルトのコンサート出演や、東京・名古屋ツアー(行ける状態になっているのかはわからないけれど)なども決まってきています。
つい先日、デュオのプロフィール文などを作成するにあたっていつの間にか表記が「長野友美&津山篤」になっていて冷や汗をかき
慎んで「津山篤&長野友美」に変更していただきました。
こうゆう順序はどっちがイニシアチブを取ってて偉いとかどれだけ貢献しているかではなくムードの問題なんですが、
「長野友美」はオリジナル弾き語りで長くやってきた名前で、後にも先にも自分しかいない自由の道でふらふらと風に吹かれて来ましたので
後ろに誰かの名前を連ねるような馬力はこれまでもこれからも無さそうなんです。
とくに今は夏バテ気味ですしね。
でも後ろに風船みたいにくっつくならちょっとは何かを発揮できそうな。
完全に気分の問題で、しようもなくてすみません。
これからジャケット制作とか写真撮影をしていくんですが、津山さんも私も口を揃えて言っているのは
「気の利いた服なんて持ってない」
さてどうなることやら。
それではまた。
●2021/6/11 記【レコーディング三日目、フィドルの録音でした。】
ゲストの1人目、元サバートブレイズ、スラップ・ハッピーハンフリーの藤原弘明さんがフィドルで参加して下さいました。
私は藤原さんみたいにアプローチするフィドルの人を他に知りません。素晴らしかった。
頭の中で予想できるようなオブリガートにはならず、その手前でもっと違う場所へ飛んで何かやってる。
その音の動きの意味が私にはすぐには理解できなくて驚きや不穏の連続だったんですが、録音を聴き返してみると音楽的強度がすごい。
昨夜はクタクタで帰ってきてツイッターで雑感しか書けず眠ってしまったけど、自分に去来した感動はこうゆうことかなと。
プロデューサーの石橋さんが、「元超ハードロックのベーシストですからね」と教えてくださいました。
津山さんからも「彼は元々ブルーグラス畑でバンジョーを弾いていたから」と遍歴を教えていただいてました。
さまざまなジャンルを渡り歩いてこられたこと自体もすごいのですが、
やっぱり型どおりの世界に落ち着いてしまわずに音楽そのものの面白さに向かい続けて来られたからこそのプレイなのではないでしょうか。
これから録音には色んな楽器の名手がゲストで参加して下さいます。
あ〜すごい現場にいるなとだんだん実感して来ましたが、引き続きリラックスして行きたいです。
エンジニアの須田さんはストレスが無い素晴らしいオペをやってくださる。津山さんとの阿吽の呼吸を眺めているのも好きな時間。
それではまた。
●2021/6/5 記【トラッドソングアルバム録音進んでいます。】
先日5/29(土)は現在レコーディング中であるトラッドソング・アルバムを作るきっかけとなった音凪食堂さんの10周年記念ライブでした。
この日はもちろんその流れで、津山篤さんとデュオ出演。
そして久しぶりに再会したタケヤリシュンタ君がゲストと称して彼のソロコーナーの後トラッドコーナーにも素晴らしいギターで参加してくれました。
彼は津山さんと絡むことが多いようで、師弟関係のような、歳の離れすぎた友人のような 何だか面白い雰囲気。
例えるなら映画『スティング』のジョニー&ゴンドーフのような。
たぶんその真ん中くらいの年齢の私。
ギターの達人二人に演奏はほとんどお任せして歌だけ歌っていました。
ん?
もしかしたらこんなふうにボーカリストとしてライブをやるのは初めてです。
音楽を始めたての頃からずっとソロでもバンドでも私はギターを弾きながら歌ってきましたので、あらびっくり。
しかし歌だけに専念できるのは結構面白いことかもしれません。有難い機会です。
特に今回のライブを経て 自分のオリジナルソングを弾き語るのと同じくらいトラッドソングにも魅力を感じているので先が楽しみです。
録音のほうは5月中に2回スタジオに入り、歌の7割方録り終えました。
これから残りの3割を録るのと同時進行で色んな楽器によって曲に肉付けがされて行く予定です。
とても早い進行だとのことで、ようやく気持ちに少し余裕が出てきています。
タケヤリ君もレコーディングに参加してくれることになりました。
楽しみな流れです。
引き続き伸び伸びとしたいい集中ができるように整えたいと思います。
なんだか柄にもなくアスリートみたいなこと言っている。
今回ますます乱文となりましたが、それではまた。
●2021/4/28 記【トラッドソングのCDを制作中です。】
現在、西欧に残る民謡のアルバムを津山篤さんと共にレコーディングしています。
多くの方に伝わる言い方があるとすれば「ケルトミュージック」というジャンルの歌です。
ケルトミュージック。
それはブリテン諸島をルーツとした民族音楽を指す言葉ですが、
実際にはケルト人が闊歩していた時代(青銅器時代~鉄器時代初期)から受け継がれている音楽というわけではなく、
中世あたりから島々に残る民謡が1970〜80年代のフォークリバイバルによって掘り起こされた際に古代ロマンを掻き立ててる響きが好まれたのか、
なんしかムーヴメントを盛り上げるために使い始められたキャッチフレーズなんだろうと思っています。
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余談でさらにお話すると、ブリテン諸島には確かにケルト文化の痕跡がありますが、
遺伝子研究の進んだ今ではこれらの島々にケルト人は暮らしていなかったことがわかっていて
大陸との貿易を通じてケルト文化を取り入れた人々が暮らしていたようです。
やがて大陸のケルト人は他民族の支配下に入り、ゲルマン人の圧迫によって西のフランスやスペインへと流れ
ローマ文化に浸潤されたのち中世にはゲルマン系のフランク人へと変質して行きます。
そんな中でも海を隔てた島のケルト文化は保存され、比較的新しい時代まで続いたということのようです。
出典:Wikipedia English版
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それらを踏まえると「ケルトミュージック」と言うのがなんだかモヤモヤしてしまう気がしますが、
それでもこの民謡の数々が現代に生き残って遠い日本に住む私の耳にも届いたのはキャッチフレーズやファッションや新しいアレンジなどあの手この手でリフレッシュさせ流行らせてくれた人々のお陰なのでおおらかに使って行きますよ。
私は音楽を始めて間もない頃、故郷長崎で友人たちに誘われるがままケルトミュージックのバンドメンバーとなり、
アイルランド、スコットランドのポルカやジグにギターで合わせていました。
(ろくに聴いたこともない音楽の、しかもメロディラインだけの譜面を渡されて弾いていたのですから知らぬが仏と言うか。
しかし初心者なんて誰でもそんなものでしょう。)
ある日「歌ものも入れたいから友美さん歌って」とトラッドバンドのCDと歌詞のコピーを渡されました。
初めてカヴァーした歌はアイルランド・ゲール語で読んでもちんぷんかんぷんでしたので、地道に耳で取ってレパートリーを増やして行きました。
それが私のトラッドソング好きのスタートです。
京都に移り住んでからは、こちらのほうがアイリッシュパブやカフェでの演奏が盛んで恵まれた環境だったのですが、入っては行きませんでした。
楽器をやる人はいても自分のように民謡を歌う人を見たことがなかったのと
ちょうどその頃はもっと新しい時代のシンガーソングライター系や南米音楽などを聴いていたせいもあるんですが、
バンドというものは縁と相性なんでしょう。私は他の音楽に比べてケルトミュージックが特別好きだった訳ではなく、
単に長崎の友人たちのことが好きだからやっていたんだなと思います。
しかしひょんなきっかけで歌い始めたゲール語の古謡が私は大好きでしした。
バンドがいなくても一人でできる気軽さもあって、私の普段のライブで少しだけ披露するのをお聴きになった方もいらっしゃると思います。
歌っていて楽しいし、どんなことを歌っているのか辞書を引いて少しずつ紐といていくのも楽しく、
遠い島国でどんなことが歌い継がれて来たのかを知ると共感したり不思議に思ったり。
気がつけばそんな感じで個人的な趣味として特に誰と共有するわけでもなく長年楽しんできました。
2019年、大阪市の音凪食堂さんで「トラッドソングをメインにライブしませんか」とお誘いをいただきました。
その時の共演が吉田文夫さんと原口トヨアキさん、そして津山篤さんのトラッドバンドSi-Fork。(今はこの名義では活動されていないのですがこの日は特別にとのことでした。)
私はその日初めてゲール語の歌(それも結構マニアックな!)を合唱してくれる方たちと出会いました。
事前の打ち合わせもしておらずライブの中で突然 吉田さんたちがいっせいに合唱して下さった時には本当にびっくりしたし感動しました。
日本人でこの歌を深く愛し歌っているのはもしかしたら自分だけなのかもしれないとずっと思っていたので、
それは今思い出してもほろっと来てしまうくらい夢のような喜びの時間だったのです。
ご来場の方の中にもケルト民謡を歌われる方がいらして、
気がつけば私の何倍、何十倍もケルトミュージックを愛してきた大先輩方と一気に出会うことができました。
「井の中の蛙大海を知らず(知る)」とはこの事ですよ。
このライブを組んで下さった音凪食堂の店主古市さんに
どうしたらこの喜びや感謝の気持ちをお返しできるのか、お返ししたい。とずっと思っていました。
この度津山さんのお誘いでレコーディングをする運びとなり
作品でお返しすることができるよう 今、奮闘の毎日です。
今回レコーディング予定の民謡はブリテン諸島にとどまらず、北欧、フランス、イタリアなどに残っているケルト民謡も収録します。
津山篤さんが集められた各国の民謡のLPが素晴らしく刺激的で、新しい歌を覚えるのが楽しい。(古謡なのに新しいという不思議)
年内には完成させる予定で進んでいますのでどうぞお楽しみに、よろしくお願いします。
時々脱線するかもしれませんが、しばらくはこのアルバムの制作状況や民謡についてのお話をここに書いて行こうと思います。
【弥生の二頁、9回目の春でした。】
ご来場ありがとうございました。
『弥生のニ頁』、二頁は「2ページ」と読みます。
昔、フジコさんとの二人ライブをする際に私が何となく付けたタイトルなのですが、
そこからさらに何となく「また来年もやろうか〜」ということになって気が付けばフワフワと9年目を迎えました。
二人とも絵を描いたり物作りが好きなもので、演奏に加えてご来場の皆さんに毎年色んなおみやげを作ったり、
ある年には交互にライブペインティングをやってみたり、近年は1週間ほど作品展示もさせて頂くようになったり、
気がつけば小さな喫茶店を舞台に奇妙な心血を注ぐイベントに育っていました。
民族音楽好きで生き物好きで古墳好きで地理が好きなCafe Wood Noteの店主に私は年々触発されて
自分の好きだったものを改めて真っすぐ見つめ直し、掘り下げるようになりました。
昆虫や鳥の写真展示をさせて頂いているのも間違いなくその影響と言えるでしょう。
私よりうんと若い弥生の相棒フジコさんは、音楽もデザインも私にはまずできないタイプのものを作り出す人でいつもハッとさせられます。
彼女に刺激を受けて、慣れないことを悪あがきして、そこからひょこっと生まれてくるものがあったりします。
「歌」にとってとても大事で、だけど失われやすい素直な陶酔をちゃんと持ち続けている大好きな歌い手さん。
そして毎年ふわり舞い降りて縁の下の力持ちとなってくださる弥生の守護神マーラさん。
ウッドノートの自然栽培&ネルドリップ珈琲によく合う滋味ケーキを焼いている人でもあります。
フジコさんの惑星の歌から連想するのですが
宇宙探査機が惑星の重力に導かれて方向を変え加速する「スイング・バイ」のように
私の人生に作用し、新しくて楽しい方向への推進力をくれる人たち。
出会ってすぐには考えもしなかったけれど、付かず離れずゆっくり時を共にするうちに自分にとって特別な人だったことに気がついてゆきます。
振り返れば培ったものが大切に思えてきて、長く続けて良かった。
来年は10周年なのですが、毎年ささやかながら特別なお祭りみたいな気持ちでやって来ましたのでアップグレードは考えず
これまで通りフワフワと思いつくまま楽しみながら企画したいと思います。
2021/3/22(月)記

【祖母に捧ぐ歌】
2月27日の土曜日、チョイスちゃん(西沢和弥さんと黒田かなでちゃんのユニット)のYoutubeチャンネル「チョイスちゃんねる」に出演させて頂きました。
よく晴れたので打ち合わせの始まる夕方から出かけるのは勿体なく思い、午後の3時くらいから長岡天満宮をぶらぶら。
ギターと荷物を背負って重かったですけど3時間ほど天神さんの八条ケ池の周りや社殿あたりを散策していました。
梅はもう開ききって、キリシマツツジはさすがにまだ全くでしたが柳の新芽がさらさらと心地よさそうに春風になびいていました。
それからもうぼちぼち見納めだろうと思っていたジョウビタキのカップルにも会えました。
前日の夕方、佐世保の祖母の容体が悪くなったと連絡がありました。
新型コロナの院内感染を防ぐため面会禁止中ではあるけども特別に父だけに面会を許可してくださるとの事で、
これはもう間も無くお別れになるんだなと覚悟をしました。それはお葬式にも行けないことも含めて。
どんなふうに過ごしていてもその時はやって来るわけで、チョイスちゃんねるは予定通り出演させていただくことにしました。
日が暮れて迎えに来てくれた西沢さんのワーゲンバスにかなでちゃんと三人で乗っている時に東の空に見事な満月が登って来るのが見えました。
今までしてた話題が途切れ、すごい月だねえと三人で見入っていました。
思えばあれは祖母を迎えに来た月だったのでしょう。
西沢さんの家に着き、「これからしばらく連絡が取れなくなります」と実家の人々にメッセージを送り携帯端末はフライトモードにして配信に入りました。
そして本編が終了してフライトモードを解除した時に祖母が亡くなったことを知りました。
「今亡くなりました」のメッセージは配信が始まる直前の時間。病院の方々の手配のお陰あって父はそばで看取ることができたようです。
西沢さんたちは「こんなことしてて友美ちゃんは良かったんやろか」と尋ねてくれたけど、私は音楽でずっとお世話になってきた上、配信タイトルに「盟友」とまで書いてくれる大好きな二人に囲まれてお喋りしたり演奏したり、配信を見てくださっている方々と楽しい時間が過ごせて本当に感謝しています。
私はまさにこんな時間を過ごすために育ての親であり精神的に固く結びついていた祖母から離れ、佐世保を離れて京都にやって来たんだと思います。
話せば複雑ですが、私は16年前、家族との強い依存関係の中でどんどん歪んで駄目になっていく自分を救うため「音楽」という名の最終便に乗ることにしました。
そう決めた時、祖母はとても寂しそうでしたが、それでも心から応援してくれ見送ってくれ、ずっと助けてもくれました。
ですから今この時に私が自分らしい時間を過ごせていなければ、きっとお互いに離れた甲斐がなく虚しいことでしょう。
もしかしたらあの配信の時間はずっと応援してくれていた祖母からの贈り物だったのかもしれないとさえ思っています。
私の祖母への想いは1stアルバムに収録の「何もない日々」でその全てを描ききっているように感じています。
私が生まれた頃にはすでにこの世の人ではなく会ったこともない祖父の性格を借りていますが、あれは私からの祖母へ向けたラブソングです。
祖母は「まるでその目で見てきたごたる、爺ちゃんそのもの」と何度も何度も繰り返し聴いてくれました。
あまり歌の背景を語らない方がいいよ(ひとつのストーリーに矮小化するとつまらないから)という話もありますが、今日は祖母のために書いておきたいと思いました。本人には生きているうちにはついに種明かししそびれましたから。
今日はお葬式から火葬場で焼かれるまでの時間、京都の自宅からずっと祖母に向けて演奏していました。
火葬場の向こうにある共同墓地には祖母が長年大切にお参りしてきた祖父のお墓。そしてその向こうに広がる九十九島の海は春の陽気にキラキラと輝いていたはずです。
2021/3/1(月)記
【長野友美 拾得ソロ・ワンマンライブにご来場ありがとうございました。】
時短営業により開演時間が17:30と大幅繰上げになり、正直これはもう誰もお越しになれないのではと思っていましたが、思いもかけず多くのお運び御礼申し上げます。
遠方からの方やお仕事を早退されるなど時間を作って来てくださった方もいらっしゃって、もう何と表せばいいのか、有難い気持ちと共に大変な励みになりました。
拾得店主テリーさんは現在ご病気の療養中で、今回は初めて二代目ひろうみさんに事務連絡から音響オペレーションまでお世話になりましたが、ひろうみさんの作られる音も拾得らしい飾らない心地よさがありしっくりと演奏することができました。
しばらく出演という形では遠ざかっていましたが昔も今も変わらぬ私の愛する場所です。
思えば京都へ来て最初に出演したライブハウスが拾得でした。
そのご縁はあまり穏やかではない、ほぼトラブルと言って良いことがきっかけでしたが、いつか笑い話として聞いていただくこともあるかも知れません。
それはさておき、私の初めての拾得ライブは薄花葉っぱとの共演でした(今はcoloid、かりきりん、ザッハトルテなど個々に活動しておられます)。初っ端から素晴らしい方達と出会わせていただいた有難い思い出。
それなのに当時私はコミュニケーションが異常に怖くて億劫で、入り時間を聞けておらず「このくらいの時間に行けばきっと大丈夫だろう」と適当に行く時間を決め、初日だというのに大遅刻してテリーさんに怒られました。
有難い思い出とダメダメな思い出のセットです。
昔のことを語り出すと実にたくさんのトホホも発掘されるので早々とこの辺で埋め戻しますが、
恥ずかしながらこんな調子で、29歳で京都に暮らし始め、度々ツアーライブに出かけたりするようになってからやっとこさできるようになったこと、身に付けたことが多いです。
それだけ多くの人にカチカチでアベコベの病んだ心をほぐしていただき、暖かい目で育てていただいたということですね。
相変わらずライブの本数は減らしていましてしばらくはこの状態が続くと思うのですが、これを機にまた本年中にでも拾得でライブが出来たらいいなと思ったりしています。
2021.1/30記
【本年もどうぞよろしくお願いいたします。】
緊急事態宣言を受けて飲食店は20時までの時短営業となるため1/29に予定している拾得ワンマンライブの時間帯も変更して開催することになりました。来場予定してくださってたのに開演に間に合わずお越しになれない方、本当に申し訳ありません。
私のちかごろはと言いますと、佐世保への帰省をしなかったせいで時間ができまして、去年の暮れからお正月もずっと引きこもって作曲していました。
そうして出来たのは、歌詞の一節に納得が行かなくて長年お蔵入りしていた曲に「これだ」という言葉がはまって完成したものがひとつ。
そして新曲がひとつ。ワンマンライブに間に合わせられそうで喜んでいます。
作詞作曲ってあらかじめ意図した通りにはならない、自分の体験の中の何がいつはまるかわからないパズルをやっている感じです。
ブライアン・イーノ氏みたいに年間600曲も作れないとしても、今年はパズルのピースをあーだこーだとはめ込んでみる実験を可能な限り増やして行きたいです。
「これは駄作かなと思っても、一度作り始めた曲は最後まで完成させてみること」これは金森幸介さんの言葉です。
昔、絵を描いたり立体作品を作ったりしていた時も、尊敬している人からのアドバイスはやっぱり「数をこなす」でした。
自分の中から生まれ得る歌に多く出会い、それを皆様に何かしらの方法で聴いていただける一年にしたいです。
2021.1.8(金)記
【2020年のライブが全て終了しました。】
ライブは仲が良いミュージシャンだから一緒にやりましょう、というものではなくて、
あくまで誰(お客さま)に何を見てもらいたいのかという企画者のビジョンから出発するものなのだ。
いつからか心の片隅にそんなビジネスライク(笑)な信条を持って演奏をしてきた私ですが、コロナ禍の今年はその信条とは真逆に地元関西の大好きなミュージシャンたちとぎゅっと関わりご一緒した一年になりました。
これは人によって感染症対策や考えにばらつきがある中、考え方がある程度似ていて真面目に意見を言い合える気心知れた人々とライブを作ることで少しでも不確定(不安)要素を減らしたいと思った結果なのですが、
単純に仲の良い人と寄り集まる楽しさによって少々堅苦しかった私の気持ちもどこか和らいだ気がしています。
思えばこれまで私はコミュニティ化してしまう音楽の場にかなりの苦手意識がありました。
馴れ合いになって身内で閉じて行くような音楽活動はしたくないし、そうゆう場に寄り付きたくないという慎重な気持ち。
Watch out, the world's behind you
There's around you
who will call It's nothing all
”気をつけろ、君の背後にある世界に.
君を取り囲み
いろんな奴がしきりに君に呼びかけてくる.
なんでもないことで."
有名なレナード・コーエン「Sunday Morning」の歌詞、こんな訳でいいのかわからないけれど、
人と関わる時に私が「気をつけて」きたのはまさにこれで。
自分は音楽がしたいのに寂しさや退屈や不安を埋める相手として求められてしまうようなコミュニティーは辛くて、
それを避けるあまりに、私はいつの間にか全方位に対して閉じてしまってたみたいです。
だけど今年の特殊な状況下で関われたミュージシャンたちはそんな私のちっぽけな懸念を飛び越えて、
他人とガッツリ仲良くしながらも音楽がちゃんと心の中心にある根っからのミュージシャンだったのでした。
(それどころか音楽の筋肉もりもりでちょっと頑張ったところでは追いつけないような人たち。)
大事にしてる部分がちゃんとあり独立が守られていればふんわりとコミュニティ化することは全く悪いことではないのだ。
今更ながらそれに気づき、全くお恥ずかしいったらありゃしないという気持ち半分、
こんな人たちと出会えていた私は本当にラッキーだな、という気持ち半分で、
これからはたくましい周囲のミュージシャンたちを見倣って、不安にキョロキョロすることなく目いっぱい仲良くやりつつ自分の音楽に専念しようと思ったのでした。
年の瀬にこんな情けない日記になり後で消したくなりそうですけど、鬼にも笑われていると思いますけれど、
来年の豊富はそんなところです。
長文乱文お読みいただいて最後になりましたが、今年ライブでお会いできた皆様、ありがとうございました。
ツアーができずお会いできなかった皆様も、気にかけてくださりありがとうございました。
お互いに穏やかな良い年を迎えることができますよう願いながら今年最後の日記とさせていただきます。
2020/12/15記
【イラストのお仕事のこと】
当サイトにもひっそりと『デザイン集』というページを設けているのですが、
実はひっそりとデザイン・イラストレーションのお仕事をしています。
それも今年は大事を取ってお休みさせていただこうと思っていたところ、夏頃に京都のバンドCHAINSからイラスト仕事のご相談をいただきました。
平時よりデザインに比べてイラストのお仕事はさらに少なく、多くは自分のライブチラシのために描くくらいでしたが
今年の感染症拡大によりバンドメンバーが集まっての撮影が困難だと言うことで
新譜のジャケットを今回は写真ではなく絵にしてみたいとのお話。
(こういう思いもよらない効果のことを何と言いましたっけ。)
こんな形で絵というものが見直されるのは面白いですし、何より私が敬愛して止まぬバンドからのご依頼とあらばお断りする理由もなく、はたして私の力量でどこまでご要望に沿えるのか?という不安はひとまず横に置いて二つ返事でお請けしたのでした。
アルバムタイトル「Can't Quit You」からも想像される通り、
2018年に天に召されたブルース・シンガー・ギタリスト オーティス・ラッシュへ捧げた曲が収録された3曲入りデジタルEP。
CHAINSとお話し合いを重ねて仕上がった絵はその主旨をかなりストレートに表したものになりました。
2020年12/29に京都拾得でそのレコ発ワンマンライブを開催され、同日に主要配信サイトからもリリースされます。
私の音楽のお話ではありませんが、私のイラストレーションやこの作品にご興味持たれた方はぜひCHAINSウェブサイトをご覧ください。
サイトの一番上にある記事の「続きをみる」を押すとジャケットのフルバージョンが見れます。
(2020.11/26記)
【楽しい場のにおい】
たくさんのミュージシャンとたくさんの音楽ファンから愛されてきた京都Live & Salon夜想がビルの老朽化という理由で今月一杯で幕を閉じます。
それはここにしか生まれ得なかったゆるやかで濃い繋がり、夜想の音楽愛と寛容さ、優しさをかすがいに生じた面白いコミュニティの消失・終焉なのだと感じます。
11/1は私の最後の出演の日でした。とても寂しくて、だけどやっぱり楽しくて、そんな二つの感情のあわいを漕いで行くような何とも言えない特別な時間。囲んでくれた方々、ありがとうございました。
今日は雨天。寒いのと低気圧の気怠さのせいで柑橘に心惹かれ、勿体ないオバケが大事に取っておいた「小青柑」という雲南のお茶を出して飲みました。カボス程度の小さな柑橘の中身をくり抜いて中に良質のプーアールを詰めて熟成させた取っておきです。鼻腔を抜ける香りに加え部屋がプーアールと限りなくほのかな柑橘の香りで満たされ幸せな気持ち。
生物の多くは感覚器の中でも嗅覚で感じた「におい」の記憶が一番長く残るらしい。
だから私はできるだけ良いにおいに触れていたいなと思います。
しかしながらライブハウスの少しすえたようなわい雑なにおいは過去に体験した音楽の楽しさや緊張やワクワクを呼び起こします。
楽しい場のにおい。
夜想もそんなにおいだった。
お花のような良いにおいばかりが良い思い出を想起させるとは限らないところが生きていることの複雑さですね。
これからも自分自身をそんなにおいの場に導いていきたい。
アコースティックギターを背負って行けばどんな場所でも演奏できる身軽さゆえに長らく地元関西ではカフェ・居酒屋・バーで企画させていただいて演奏してきましたが、ここへ来てライブハウスでの演奏が増えました。
今年はツアーに出なかったのと自主企画ライブを自粛したことで準備に忙殺されずお受けしやすくなったことが理由です。
このご時世に音楽ありきの場所がこれ以上消えて欲しくないという思いも確かにありますが、無名ミュージシャンに出来ることなんてほとんどなくて歯がみの日々。
兎にも角にもこんな放蕩娘にお声がけくださったライブハウスに感謝しつつどの日も大切に作ってゆきたいです。
そう、どの日も楽しいにおいとなりますように。
(2020.11/2記)
【久しぶりの京都ライブでした】
2月に病気してのちだいぶ元気になってまいりましたが、長らく京都でライブしていなかったせいか心配してくださってた方がちらほら。故郷の友人らからも思いもかけず応援のメッセージをもらったりして「ありがとう」の気持ちで心がポカポカしたまま演奏して来たのでした。
左京区の居酒屋まほろば、という愛しい場所での演奏会。店主和田さん、企画して下さったKさん、共演のりんどうさん、集まって下さった皆さま、和やかな会を本当にありがとうございました。
ライブが減ってから私は自宅に籠りひたすら自分のためだけに歌うという音楽生活になっています。
じゃあライブでは皆様のために歌っているのかと言うとそんな壮大なこともなく、やっぱり自分が「しっくり来る」と感じるところを目指して演奏している(のを見ていただいている)に過ぎないのですけれど。
だけど傍で聴いてくれている人がいる自分の歌と、ひとりきりで歌う歌はたぶんまるきり別物のようです。
私に取ってライブとは、聴き手の皆さんと共有する空気によって生まれる未知なる自分の歌に出会いに行くことかもしれないと思うくらいに。
科学の世界で言う「観察者効果」ではないですけれど、ライブではお互いにほんのりと、誰か一人でも欠けていると変わってしまうような不思議を体験していることは確かです。
ややこしくなってきたところで話を戻しますと、自宅に籠り自分の楽しみのためだけに歌う時間が増えてから、これまでどんな風にライブに臨んできたのかを今半分忘れかけていたりします。
そもそもノウハウみたいなものがあったのかもよくわかりませんが。
「ライブのやり方忘れちゃった」と先日のまほろばで笑いの種にこぼしたら、「忘れましょう、どんどん忘れましょう」と肯定してくれた方がありました。
そうです、この日にも未知なる歌に私はちゃんと出会うことができました。きっとこれまでに構築し身に付けた方法を私がどんなに忘れても、ライブの不思議は変わらないのだろう。
身軽になって無心に没頭ししばらくこのまま風まかせに進んでみよう。と、呑気な心境の秋です。
(2020.10/7記)
【血脈を通わせる】
演奏スケジュールがほとんど全て飛んで音楽活動の主たるものが「制作」に変わり、これまで人任せだった分野(録音やMix)にまで手を出してみるとこれが結構楽しくて。
楽しいという気持ちの尊さを年々かみしめている私としては、これまでどうしてやってみようとならなかったのかと悔しいくらいです。
基本的に自信のない人間で、経験豊富な人から「君には向いてないよ」「それを1から始めるより餅屋は餅屋でプロに任せるのが近道だよ」なんてことを言われるとおそろしいほど素直に真に受けて諦めてしまうのです。
もちろんそれがお仕事である場合は予算も締め切りもあるし関わってくれる人のスケジュールもあるから、上の言葉はその点で正しいし、違う感性を持つ人が関わることで混ざり合い生まれくる面白いものを私はたくさん知ってもいます。
問題なのはお仕事上のアドバイスに過ぎないものを自分の人生にまで適用してしまう私のおそるべき芯のなさ、自信のなさなのです。
こらこら私よ、人生を合理性で切り詰めて一体どうする!
無意識の自分に盛大につっこみを入れる。
そしてこれまで自分にはできないと信じ込み打ち捨てた領域に血脈を通わせて栄養を送る。
そしたら「ああ私はこんなことが好きで夢中になれるんだ」という新しい発見がある。
誰かと比較したら相変わらず不器用で役立たずなんだとしても、これまでおたまじゃくしみたいだった体に手足が生えて可動域が広がっていくのは面白いし、これまでやって来たことと誰かにやってもらっていたことの相関関係が見えて世界が広がっていく感じがします。
近ごろ日々そんな調子です。おおむね楽しくしていますが昼夜超逆転生活が戻らないのだけ困っています。
これから少しだけライブの予定が増えて来そうなのでライブの方も心新たにがんばりたいなぁと思います。
(2020.9.17 記)
【8月に続き10月に雲州堂で演奏させていただく運びとなりました。】
「大好きな雲州堂でまた演奏したい」と先日ここに綴ったばかりでしたのでとても喜んでいます。
ミュージシャンには様々な活動形態がありますのでこれは私個人の状況下での考えではありますが、感染症がこの冬この先どうゆう拡がりを見せるのか未知な現在、科学的な根拠に基づいて対策をして下さっている身近なお店と共に気をつけながら細々と、でもしっかりと演奏活動を続けていく方針です。
会場を絞って頻度を落としての活動になりますがどうぞよろしくお願いいたします。
なんだか面白味のない日記でごめんなさい。次回はもっと日常的なお話でも書こうと思います。
(2020.9/9記)
【8月のライブが終わり、次のミュージックビデオ製作に入ります。】
大阪市北浜の運河が南に流れる古い木造蔵のイベントスペース雲州堂。
大好きなこのお店で再び演奏できたのは大好きなユニット「冬支度」のお二人が誘って下さったおかげでした。
冬支度、大好きなのになんで好きなのかを説明するのが難しい一筋縄ではないタイプです。
安田冬支度さんが歌とギターで紡ぐ音楽はフォーキーで素朴でイナタい印象なのだけど、実はとても洒落ていたりする。そこに斎藤さんのボーカル・フルート・アコーディオンが入ることで洒落たところが活きて花が開くようにポップスに変わる。
まずどの曲も音楽の懐が深くアレンジが素敵。だから今回みたいにSENちゃんのドラムが入ったりして色んな膨らみ方があるし、良いサポート陣に囲まれて愛されている。
「冬支度って大阪っぽくないですね」とよく言われるそうなんですが、大阪的かどうかはさておき私は冬支度の背景に都市のにおいを感じていたりします。
文化の成熟した大きな都市のにおい。気配。
歌詞には都会的な風景描写は全くないしむしろ素朴な風景が多く描かれているにも関わらずです。
大阪の街はあべこべで、ピカピカの阿倍野ハルカスが天に届けとそびえ立っているかと思えばすぐ南の松虫駅(阪堺電軌上町線)あたりは別世界をコラージュしたかと思うくらいに旧く低い長閑な下町の風景だったり。
もしかしたら冬支度はそんな都市のあべこべを一度素直に飲みこんで発酵醸造させ、親しみやすさ人間くささやドキリとするようなリアリティを絶妙なところで抽出した「洗練された素朴な音楽」なんじゃないんだろうか。
そしてお二人が長い年月熱心に足を運び吸収して来られたたくさんの生の音楽体験こそが海辺や野っ原で楽器の練習しているだけでは決して追いつくことのできない不思議な洗練の秘密かもしれないと睨んでいます。
「芸術を磨くのは美しい自然の風景などではない。芸術は芸術によってのみ磨かれる。」(byルノワール・たぶん)
さて私の音楽活動ですが、これから新たなミュージックビデオの製作に入ります。
直接お会いする機会が減ったぶんもこうした作品を増やしていきたいと思います。
ライブは京都・大阪あたりで年内には再開したいです。
SNS等でもお知らせして行きますが、時々当サイトにもご訪問いただければ幸いです。
2020.9/4 記
【7月のライブが終わり初のミュージックビデオをYoutubeに公開しました。】
7月のたった一度のライブが終了しました。音凪食堂さんの周年シリーズに出演できてとても嬉しかったです。
初めましての西村哲也さんとのジョイントは言葉で書き表せないくらい素晴らしい体験となりました。これを仕掛けて下さった音凪店主の手のひらの上で私はコロコロ転がされていますね。(もちろん私から転がされに行っています。)
これを機に西村さんとまた何かできたら、、、。私は語りすぎると止まってしまう不言実行タイプですのでその先の具体的なことは心の中で膨らませたいと思います。
さて、6月中には公開しますなんて言っておきながら遅れに遅れていたMVがやっと完成しました。
曲のMixも動画編集も何もかもが初めてで拙いところはありますが、初めての機材との格闘はなかなか楽しくて、これからもまた何か作ってみたいという意欲が湧いています。
この一曲を製作するのに故郷の友人たちや夫にたくさんサポートしてもらいました。
Youtubeの説明欄にも書いていますがここでも紹介させてください。
--Special Thanks(順不同、敬称略)---
Djembe(アフリカの太鼓)/Haruna(佐世保市)
Djembeの録音/ユウヤ(佐世保市)
海の動画撮影/山口恵(平戸市)
宅録エンジニア&Bass/栗本英明
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製作裏話になってしまいますが、梅雨の季節に輝く海の動画が欲しいという難題に加え、佐世保は豪雨災害が心配な時期でもありました。そんな中動いてくれた佐世保平戸チームに大きな愛と感謝を捧げたいです。
2020.7/21記