ちかごろのこと古漬けページ


●2021/9/17 記【心の中のドッヂボール】


私はずっと自分の声にコンプレックスがあります。
いえいえ、声だけでなくそもそも自分のあらゆる行動を録音物や写真や動画で見返すのが苦痛なのです。


ですがそんなこと言っててもしょうがないなぁと思うし制作発表する楽しさのほうが大きいので、その感情をひらりとかわし、時に受け止め、時に当りどころ悪くて倒れ伏すドッヂボール的ファイトでこれまで音楽活動して来ました。
歌うという行為そのものは気持ちの良いことなのですが、自分の歌を自分で聴きたいかと言うとそうではないというジレンマですね。


ですのでこの先もそんなふうに苦痛と楽しさを天秤にかけてハードルを越えてでないと録音物を発表できないのかな〜と思っていたのですが...。


今年に入ってから不思議なことに、そんな心の中のドッヂボールが急に穏やかになってきました。
ひたひたと更年期の訪れを感じている今日この頃なので、加齢から起きた感情との和解....なんてこともあるかもしれないけれど(ハハハ)、きっかけとしては津山さんと7月までやっていたトラッドのレコーディングが大きいです。
津山さんのディレクションはしっかりしつつも遊び心に満ちていて快晴の日の登山のように清々しく楽しく、制作に対する考え方もかなり感化されたと思います。
そして日々先人の歌に深く入って酔いしれたりトライ&エラーを繰り返しているうちに自分の中に別人格が降りてきたような感覚がありました。


コンプレックスだった自分の声を好きになれました!と言うよりは、これまでよりちょっと距離を置いた大きな場所からフラットに聴けるようになった感じです。
そんなふうに聴けるようになると、これまで恥ずかしさから気になっていたことが気にならなくなったり、それによってこれまで見えなかった課題や素敵な一面に気付いたり、より楽しめるやわらかなメンタリティに変わってきたように思います。


それでこの感覚を忘れないうちにとYoutubeで音便りシリーズを始めてみました。
一週間で消えるという気軽さあってのことですが。


今日は9/20に公開する2回目の音源をアップロードしました。
便利な機能があって、日付が変わると同時に自動的に公開になります。


それではまた。



●2021/9/9 記【サイトのマイナーチェンジあれこれ】


サイトのページを少し作り変えてみました。
長野友美のオリジナル曲を中心とした活動とは別に、今後トラッドソングを中心とした津山篤さんとのデュオの音源発売やライブも控えているので情報がごちゃつかないようにしようというのと、ほとんど静的なページに関しては一番下のサイトマップからのアクセスにして、動きのあるページをメインに置くことにしました。


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私の1stアルバム、3rdアルバムのCDがオンライン上で常に品切れとなっている件ですが、各ショップに発売元であるミディクリエイティブによる在庫補充がなされていない現状です。ですのでAmazonなどのリンクでのご案内は消しました。1曲ごとのストリーミングでは購入いただけます。
このままCDが絶版になったらごめんなさい。

2ndアルバムCDは西沢和弥さん運営のDancing Pig Labelからの発売でAmazonでも取り扱って下さっており、私の手元にも在庫があります。


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それから些細なことではありますが、Youtubeで新たに「音のおたより」というシリーズを始めました。
MV「舟の旅」を公開して以降たいして更新できていなくて、何かやりたいけれどずっと残るものは気が重いなと思い、1週間で消える簡素な音楽のお便りを更新して行くことにしました。第1回目は試運転で少し長めの9/19(日曜日)まで。以降は毎週月曜更新の予定です。

それに伴ってこれまでこのページに貼っていた動画を『Video』ページへ移動しました。


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以上どうぞよろしくお願いいたします。


●2021/8/27 記【終わったこと、始まること】


津山さんと制作中のトラッド・デュオ・アルバムはマスタリングも済みまして、
音に関することが全て終了しました。


11月の終わりに発売予定。
詳細は近日中に発表しますが、11/21東京、11/22名古屋、11/24京都でレコ発&先行発売ライブを予定しています。
その頃の感染症の状況を見ながらにはなりますがどうぞよろしくお願いします。


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それから先日8/23に長野友美withパイカスの拾得ライブが終了しました。
沖縄からちえみジョーンズをゲストに迎えての開催。
お運び下さった皆さまありがとうございました。


自粛された方、平日の大幅な時間の繰り上げで諦められた方、お勤め終わらずお忙しい中キャンセルのお電話下さった方もまたいつか。
どうかお元気でいてくださいね。


そしてこのように、いらっしゃれる方が限られる厳しい条件の中 営業して下さった拾得に感謝です。


デルタ株の感染力の強さ。
酒類提供無しな上に食事することのハードルが高くなってしまった日々。
それゆえにお店への貢献としては大きな課題が残るんですが、そこは私個人で出来ることを何か考えて行きたいです。


ともあれ現在ライブ情報がしばらくの間白紙となりました。
10月あたりにちょこっと入るかもしれませんが、まだわかりません。
これまで同様、決まっても状況によって変わってしまうことも多いと思いますが、ライブを必要としてくださる方とぽつりぽつり 火を灯して行きたいです。


でもそれは無謀にではなく、しっかりと科学情報に基づいて怖がり気をつけながらですね。


それではまた。



●2021/8/6 記【しばらく日記をさぼっているうちに】


津山篤&長野友美のトラッド・デュオ・アルバム、
5日間にわたるレコーディングが終わり、8月中にあと1回スタジオに入ればミックスダウンも終わりそうです。
CDは今年10月のリリース予定となりました。


コツコツとこまめに書いておけば良かったのに、参加して下さったゲスト・ミュージシャンのエピソードをお一人づつ説明して行くのはもはや不可能です。


完成したアルバムを聴いていただけたら名手たちの素晴らしさは必ず伝わると思うのですが
せめて軽くここにご紹介します。()内は今回の収録楽器。
↓ ↓ ↓ ↓

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◆吉田文夫さん(コンサルティーナ、ボタンアコーディオン)
まだ日本のほとんどの人が所謂ケルトミュージックを知らなかったような時代にイングランドでコンサートやパブ演奏を観てまわり、
その魅力に取り憑かれてアイリッシュバンドSi-Folkを始められた方です。ライブではこの他にギターも弾かれるし、民謡を歌われても素晴らしい。


◆原口トヨアキさん(バグパイプ、ローホイッスル、マンドリン、バンジョー)
Si-Folkのメンバーで日本では初のバグパイプ奏者としてキャリアをスタートされた方です。
本場の民謡界でも複数楽器を操れると粋な感じですが、弦楽器から吹奏楽器までをここまで軽やかに味わい深く奏でられるマルチプレーヤーは実際どれだけおられるのだろう。


◆吉田正幸さん(ピアノ)
元・羅針盤。現在は渚にて などで活動されています。
ピアノが弾けもしないくせにピアノが好きで、それゆえに密かに音にうるさい私なのですが、数年ぶりに心掴まれるような演奏を聴きました。
弾いてくださったのは長篇な割にごくありふれたコード進行の曲(それだけ歌詞が強いため)なのですが、ピアノテイクだけ聴いていても全くダレず、むしろこれだけで気持ちいいくらいセンス良い仕上がりで、びっくりです。


◆タケヤリシュンタくん(アコースティックギター)
日本の若きブルース・コバーンだと勝手に思っています。
久しぶりに共演した時にお互いにマイク・ウォーターソンを愛聴しているのがわかって「それじゃあ」と私が提案したカヴァ曲にすんなり合わせてくれたのも凄いんですが、曲の最後に入る救急車の音までばっちり再現してくれて、本当によく聴き込んでるなーと感心してしまいました。
今回の録音でもそうゆうところが発揮されていて、じっくり曲の流れを読み取った上でドラマチックで瑞々しく華のある演奏をしてくれています。


◆藤原弘明さん(フィドル)
この方のことだけ前の日記で書いているので割愛しますが、Mix作業で改めて聴いてもやっぱりすごいなぁと思いました。
私が足し算をしている時に藤原さんは関数計算してるのかというくらい取り組み方が違うのを感じます。


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さて、デュオのお相手である津山さんはレコーディングを終えるやいなや
山開きの準備のため南アルプス暮らしとなり、ミックスの日にだけ下山するという驚きのスケジュールで動かれています。
長年登山道の整備や山小屋の管理をされていて、現・天皇陛下をガイドされたこともあるらしい。


今年亡くなった祖母に聞かせてあげたら喜びそうな話です。


今年秋にはこのデュオで、Si-Folk吉田文夫さん主催のケルトのコンサート出演や、東京・名古屋ツアー(行ける状態になっているのかはわからないけれど)なども決まってきています。


つい先日、デュオのプロフィール文などを作成するにあたっていつの間にか表記が「長野友美&津山篤」になっていて冷や汗をかき
慎んで「津山篤&長野友美」に変更していただきました。


こうゆう順序はどっちがイニシアチブを取ってて偉いとかどれだけ貢献しているかではなくムードの問題なんですが、
「長野友美」はオリジナル弾き語りで長くやってきた名前で、後にも先にも自分しかいない自由の道でふらふらと風に吹かれて来ましたので
後ろに誰かの名前を連ねるような馬力はこれまでもこれからも無さそうなんです。
とくに今は夏バテ気味ですしね。


でも後ろに風船みたいにくっつくならちょっとは何かを発揮できそうな。
完全に気分の問題で、しようもなくてすみません。



これからジャケット制作とか写真撮影をしていくんですが、津山さんも私も口を揃えて言っているのは
「気の利いた服なんて持ってない」


さてどうなることやら。
それではまた。



●2021/6/11 記【レコーディング三日目、フィドルの録音でした。】

ゲストの1人目、元サバートブレイズ、スラップ・ハッピーハンフリーの藤原弘明さんがフィドルで参加して下さいました。
私は藤原さんみたいにアプローチするフィドルの人を他に知りません。素晴らしかった。
頭の中で予想できるようなオブリガートにはならず、その手前でもっと違う場所へ飛んで何かやってる。
その音の動きの意味が私にはすぐには理解できなくて驚きや不穏の連続だったんですが、録音を聴き返してみると音楽的強度がすごい。
昨夜はクタクタで帰ってきてツイッターで雑感しか書けず眠ってしまったけど、自分に去来した感動はこうゆうことかなと。


プロデューサーの石橋さんが、「元超ハードロックのベーシストですからね」と教えてくださいました。
津山さんからも「彼は元々ブルーグラス畑でバンジョーを弾いていたから」と遍歴を教えていただいてました。
さまざまなジャンルを渡り歩いてこられたこと自体もすごいのですが、
やっぱり型どおりの世界に落ち着いてしまわずに音楽そのものの面白さに向かい続けて来られたからこそのプレイなのではないでしょうか。


これから録音には色んな楽器の名手がゲストで参加して下さいます。
あ〜すごい現場にいるなとだんだん実感して来ましたが、引き続きリラックスして行きたいです。
エンジニアの須田さんはストレスが無い素晴らしいオペをやってくださる。津山さんとの阿吽の呼吸を眺めているのも好きな時間。


それではまた。



●2021/6/5 記【トラッドソングアルバム録音進んでいます。】

先日5/29(土)は現在レコーディング中であるトラッドソング・アルバムを作るきっかけとなった音凪食堂さんの10周年記念ライブでした。
この日はもちろんその流れで、津山篤さんとデュオ出演。
そして久しぶりに再会したタケヤリシュンタ君がゲストと称して彼のソロコーナーの後トラッドコーナーにも素晴らしいギターで参加してくれました。


彼は津山さんと絡むことが多いようで、師弟関係のような、歳の離れすぎた友人のような 何だか面白い雰囲気。
例えるなら映画『スティング』のジョニー&ゴンドーフのような。

たぶんその真ん中くらいの年齢の私。
ギターの達人二人に演奏はほとんどお任せして歌だけ歌っていました。


ん? もしかしたらこんなふうにボーカリストとしてライブをやるのは初めてです。
音楽を始めたての頃からずっとソロでもバンドでも私はギターを弾きながら歌ってきましたので、あらびっくり。


しかし歌だけに専念できるのは結構面白いことかもしれません。有難い機会です。
特に今回のライブを経て 自分のオリジナルソングを弾き語るのと同じくらいトラッドソングにも魅力を感じているので先が楽しみです。


録音のほうは5月中に2回スタジオに入り、歌の7割方録り終えました。
これから残りの3割を録るのと同時進行で色んな楽器によって曲に肉付けがされて行く予定です。
とても早い進行だとのことで、ようやく気持ちに少し余裕が出てきています。
タケヤリ君もレコーディングに参加してくれることになりました。
楽しみな流れです。


引き続き伸び伸びとしたいい集中ができるように整えたいと思います。
なんだか柄にもなくアスリートみたいなこと言っている。


今回ますます乱文となりましたが、それではまた。



●2021/4/28 記【トラッドソングのCDを制作中です。】

現在、西欧に残る民謡のアルバムを津山篤さんと共にレコーディングしています。
多くの方に伝わる言い方があるとすれば「ケルトミュージック」というジャンルの歌です。


ケルトミュージック。
それはブリテン諸島をルーツとした民族音楽を指す言葉ですが、
実際にはケルト人が闊歩していた時代(青銅器時代~鉄器時代初期)から受け継がれている音楽というわけではなく、
中世あたりから島々に残る民謡が1970〜80年代のフォークリバイバルによって掘り起こされた際に古代ロマンを掻き立ててる響きが好まれたのか、
なんしかムーヴメントを盛り上げるために使い始められたキャッチフレーズなんだろうと思っています。


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余談でさらにお話すると、ブリテン諸島には確かにケルト文化の痕跡がありますが、
遺伝子研究の進んだ今ではこれらの島々にケルト人は暮らしていなかったことがわかっていて
大陸との貿易を通じてケルト文化を取り入れた人々が暮らしていたようです。
やがて大陸のケルト人は他民族の支配下に入り、ゲルマン人の圧迫によって西のフランスやスペインへと流れ
ローマ文化に浸潤されたのち中世にはゲルマン系のフランク人へと変質して行きます。
そんな中でも海を隔てた島のケルト文化は保存され、比較的新しい時代まで続いたということのようです。

出典:Wikipedia English版

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それらを踏まえると「ケルトミュージック」と言うのがなんだかモヤモヤしてしまう気がしますが、
それでもこの民謡の数々が現代に生き残って遠い日本に住む私の耳にも届いたのはキャッチフレーズやファッションや新しいアレンジなどあの手この手でリフレッシュさせ流行らせてくれた人々のお陰なのでおおらかに使って行きますよ。


私は音楽を始めて間もない頃、故郷長崎で友人たちに誘われるがままケルトミュージックのバンドメンバーとなり、
アイルランド、スコットランドのポルカやジグにギターで合わせていました。
(ろくに聴いたこともない音楽の、しかもメロディラインだけの譜面を渡されて弾いていたのですから知らぬが仏と言うか。 しかし初心者なんて誰でもそんなものでしょう。)
ある日「歌ものも入れたいから友美さん歌って」とトラッドバンドのCDと歌詞のコピーを渡されました。
初めてカヴァーした歌はアイルランド・ゲール語で読んでもちんぷんかんぷんでしたので、地道に耳で取ってレパートリーを増やして行きました。
それが私のトラッドソング好きのスタートです。


京都に移り住んでからは、こちらのほうがアイリッシュパブやカフェでの演奏が盛んで恵まれた環境だったのですが、入っては行きませんでした。
楽器をやる人はいても自分のように民謡を歌う人を見たことがなかったのと
ちょうどその頃はもっと新しい時代のシンガーソングライター系や南米音楽などを聴いていたせいもあるんですが、
バンドというものは縁と相性なんでしょう。私は他の音楽に比べてケルトミュージックが特別好きだった訳ではなく、 単に長崎の友人たちのことが好きだからやっていたんだなと思います。


しかしひょんなきっかけで歌い始めたゲール語の古謡が私は大好きでしした。
バンドがいなくても一人でできる気軽さもあって、私の普段のライブで少しだけ披露するのをお聴きになった方もいらっしゃると思います。
歌っていて楽しいし、どんなことを歌っているのか辞書を引いて少しずつ紐といていくのも楽しく、
遠い島国でどんなことが歌い継がれて来たのかを知ると共感したり不思議に思ったり。
気がつけばそんな感じで個人的な趣味として特に誰と共有するわけでもなく長年楽しんできました。


2019年、大阪市の音凪食堂さんで「トラッドソングをメインにライブしませんか」とお誘いをいただきました。
その時の共演が吉田文夫さんと原口トヨアキさん、そして津山篤さんのトラッドバンドSi-Fork。(今はこの名義では活動されていないのですがこの日は特別にとのことでした。)

私はその日初めてゲール語の歌(それも結構マニアックな!)を合唱してくれる方たちと出会いました。
事前の打ち合わせもしておらずライブの中で突然 吉田さんたちがいっせいに合唱して下さった時には本当にびっくりしたし感動しました。
日本人でこの歌を深く愛し歌っているのはもしかしたら自分だけなのかもしれないとずっと思っていたので、
それは今思い出してもほろっと来てしまうくらい夢のような喜びの時間だったのです。


ご来場の方の中にもケルト民謡を歌われる方がいらして、
気がつけば私の何倍、何十倍もケルトミュージックを愛してきた大先輩方と一気に出会うことができました。
「井の中の蛙大海を知らず(知る)」とはこの事ですよ。


このライブを組んで下さった音凪食堂の店主古市さんに
どうしたらこの喜びや感謝の気持ちをお返しできるのか、お返ししたい。とずっと思っていました。
この度津山さんのお誘いでレコーディングをする運びとなり
作品でお返しすることができるよう 今、奮闘の毎日です。


今回レコーディング予定の民謡はブリテン諸島にとどまらず、北欧、フランス、イタリアなどに残っているケルト民謡も収録します。
津山篤さんが集められた各国の民謡のLPが素晴らしく刺激的で、新しい歌を覚えるのが楽しい。(古謡なのに新しいという不思議)
年内には完成させる予定で進んでいますのでどうぞお楽しみに、よろしくお願いします。


時々脱線するかもしれませんが、しばらくはこのアルバムの制作状況や民謡についてのお話をここに書いて行こうと思います。



【弥生の二頁、9回目の春でした。】

ご来場ありがとうございました。


『弥生のニ頁』、二頁は「2ページ」と読みます。
昔、フジコさんとの二人ライブをする際に私が何となく付けたタイトルなのですが、
そこからさらに何となく「また来年もやろうか〜」ということになって気が付けばフワフワと9年目を迎えました。


二人とも絵を描いたり物作りが好きなもので、演奏に加えてご来場の皆さんに毎年色んなおみやげを作ったり、
ある年には交互にライブペインティングをやってみたり、近年は1週間ほど作品展示もさせて頂くようになったり、
気がつけば小さな喫茶店を舞台に奇妙な心血を注ぐイベントに育っていました。


民族音楽好きで生き物好きで古墳好きで地理が好きなCafe Wood Noteの店主に私は年々触発されて
自分の好きだったものを改めて真っすぐ見つめ直し、掘り下げるようになりました。
昆虫や鳥の写真展示をさせて頂いているのも間違いなくその影響と言えるでしょう。


私よりうんと若い弥生の相棒フジコさんは、音楽もデザインも私にはまずできないタイプのものを作り出す人でいつもハッとさせられます。
彼女に刺激を受けて、慣れないことを悪あがきして、そこからひょこっと生まれてくるものがあったりします。
「歌」にとってとても大事で、だけど失われやすい素直な陶酔をちゃんと持ち続けている大好きな歌い手さん。


そして毎年ふわり舞い降りて縁の下の力持ちとなってくださる弥生の守護神マーラさん。 ウッドノートの自然栽培&ネルドリップ珈琲によく合う滋味ケーキを焼いている人でもあります。


フジコさんの惑星の歌から連想するのですが
宇宙探査機が惑星の重力に導かれて方向を変え加速する「スイング・バイ」のように
私の人生に作用し、新しくて楽しい方向への推進力をくれる人たち。
出会ってすぐには考えもしなかったけれど、付かず離れずゆっくり時を共にするうちに自分にとって特別な人だったことに気がついてゆきます。
振り返れば培ったものが大切に思えてきて、長く続けて良かった。


来年は10周年なのですが、毎年ささやかながら特別なお祭りみたいな気持ちでやって来ましたのでアップグレードは考えず
これまで通りフワフワと思いつくまま楽しみながら企画したいと思います。


2021/3/22(月)記


【祖母に捧ぐ歌】

2月27日の土曜日、チョイスちゃん(西沢和弥さんと黒田かなでちゃんのユニット)のYoutubeチャンネル「チョイスちゃんねる」に出演させて頂きました。
よく晴れたので打ち合わせの始まる夕方から出かけるのは勿体なく思い、午後の3時くらいから長岡天満宮をぶらぶら。
ギターと荷物を背負って重かったですけど3時間ほど天神さんの八条ケ池の周りや社殿あたりを散策していました。
梅はもう開ききって、キリシマツツジはさすがにまだ全くでしたが柳の新芽がさらさらと心地よさそうに春風になびいていました。
それからもうぼちぼち見納めだろうと思っていたジョウビタキのカップルにも会えました。


前日の夕方、佐世保の祖母の容体が悪くなったと連絡がありました。
新型コロナの院内感染を防ぐため面会禁止中ではあるけども特別に父だけに面会を許可してくださるとの事で、
これはもう間も無くお別れになるんだなと覚悟をしました。それはお葬式にも行けないことも含めて。


どんなふうに過ごしていてもその時はやって来るわけで、チョイスちゃんねるは予定通り出演させていただくことにしました。
日が暮れて迎えに来てくれた西沢さんのワーゲンバスにかなでちゃんと三人で乗っている時に東の空に見事な満月が登って来るのが見えました。
今までしてた話題が途切れ、すごい月だねえと三人で見入っていました。


思えばあれは祖母を迎えに来た月だったのでしょう。
西沢さんの家に着き、「これからしばらく連絡が取れなくなります」と実家の人々にメッセージを送り携帯端末はフライトモードにして配信に入りました。
そして本編が終了してフライトモードを解除した時に祖母が亡くなったことを知りました。
「今亡くなりました」のメッセージは配信が始まる直前の時間。病院の方々の手配のお陰あって父はそばで看取ることができたようです。


西沢さんたちは「こんなことしてて友美ちゃんは良かったんやろか」と尋ねてくれたけど、私は音楽でずっとお世話になってきた上、配信タイトルに「盟友」とまで書いてくれる大好きな二人に囲まれてお喋りしたり演奏したり、配信を見てくださっている方々と楽しい時間が過ごせて本当に感謝しています。


私はまさにこんな時間を過ごすために育ての親であり精神的に固く結びついていた祖母から離れ、佐世保を離れて京都にやって来たんだと思います。
話せば複雑ですが、私は16年前、家族との強い依存関係の中でどんどん歪んで駄目になっていく自分を救うため「音楽」という名の最終便に乗ることにしました。
そう決めた時、祖母はとても寂しそうでしたが、それでも心から応援してくれ見送ってくれ、ずっと助けてもくれました。
ですから今この時に私が自分らしい時間を過ごせていなければ、きっとお互いに離れた甲斐がなく虚しいことでしょう。
もしかしたらあの配信の時間はずっと応援してくれていた祖母からの贈り物だったのかもしれないとさえ思っています。


私の祖母への想いは1stアルバムに収録の「何もない日々」でその全てを描ききっているように感じています。
私が生まれた頃にはすでにこの世の人ではなく会ったこともない祖父の性格を借りていますが、あれは私からの祖母へ向けたラブソングです。
祖母は「まるでその目で見てきたごたる、爺ちゃんそのもの」と何度も何度も繰り返し聴いてくれました。


あまり歌の背景を語らない方がいいよ(ひとつのストーリーに矮小化するとつまらないから)という話もありますが、今日は祖母のために書いておきたいと思いました。本人には生きているうちにはついに種明かししそびれましたから。
今日はお葬式から火葬場で焼かれるまでの時間、京都の自宅からずっと祖母に向けて演奏していました。
火葬場の向こうにある共同墓地には祖母が長年大切にお参りしてきた祖父のお墓。そしてその向こうに広がる九十九島の海は春の陽気にキラキラと輝いていたはずです。


2021/3/1(月)記




【長野友美 拾得ソロ・ワンマンライブにご来場ありがとうございました。】

時短営業により開演時間が17:30と大幅繰上げになり、正直これはもう誰もお越しになれないのではと思っていましたが、思いもかけず多くのお運び御礼申し上げます。
遠方からの方やお仕事を早退されるなど時間を作って来てくださった方もいらっしゃって、もう何と表せばいいのか、有難い気持ちと共に大変な励みになりました。


拾得店主テリーさんは現在ご病気の療養中で、今回は初めて二代目ひろうみさんに事務連絡から音響オペレーションまでお世話になりましたが、ひろうみさんの作られる音も拾得らしい飾らない心地よさがありしっくりと演奏することができました。
しばらく出演という形では遠ざかっていましたが昔も今も変わらぬ私の愛する場所です。


思えば京都へ来て最初に出演したライブハウスが拾得でした。
そのご縁はあまり穏やかではない、ほぼトラブルと言って良いことがきっかけでしたが、いつか笑い話として聞いていただくこともあるかも知れません。


それはさておき、私の初めての拾得ライブは薄花葉っぱとの共演でした(今はcoloid、かりきりん、ザッハトルテなど個々に活動しておられます)。初っ端から素晴らしい方達と出会わせていただいた有難い思い出。
それなのに当時私はコミュニケーションが異常に怖くて億劫で、入り時間を聞けておらず「このくらいの時間に行けばきっと大丈夫だろう」と適当に行く時間を決め、初日だというのに大遅刻してテリーさんに怒られました。
有難い思い出とダメダメな思い出のセットです。


昔のことを語り出すと実にたくさんのトホホも発掘されるので早々とこの辺で埋め戻しますが、
恥ずかしながらこんな調子で、29歳で京都に暮らし始め、度々ツアーライブに出かけたりするようになってからやっとこさできるようになったこと、身に付けたことが多いです。
それだけ多くの人にカチカチでアベコベの病んだ心をほぐしていただき、暖かい目で育てていただいたということですね。


相変わらずライブの本数は減らしていましてしばらくはこの状態が続くと思うのですが、これを機にまた本年中にでも拾得でライブが出来たらいいなと思ったりしています。 2021.1/30記


【本年もどうぞよろしくお願いいたします。】

緊急事態宣言を受けて飲食店は20時までの時短営業となるため1/29に予定している拾得ワンマンライブの時間帯も変更して開催することになりました。来場予定してくださってたのに開演に間に合わずお越しになれない方、本当に申し訳ありません。

私のちかごろはと言いますと、佐世保への帰省をしなかったせいで時間ができまして、去年の暮れからお正月もずっと引きこもって作曲していました。

そうして出来たのは、歌詞の一節に納得が行かなくて長年お蔵入りしていた曲に「これだ」という言葉がはまって完成したものがひとつ。
そして新曲がひとつ。ワンマンライブに間に合わせられそうで喜んでいます。

作詞作曲ってあらかじめ意図した通りにはならない、自分の体験の中の何がいつはまるかわからないパズルをやっている感じです。
ブライアン・イーノ氏みたいに年間600曲も作れないとしても、今年はパズルのピースをあーだこーだとはめ込んでみる実験を可能な限り増やして行きたいです。
「これは駄作かなと思っても、一度作り始めた曲は最後まで完成させてみること」これは金森幸介さんの言葉です。
昔、絵を描いたり立体作品を作ったりしていた時も、尊敬している人からのアドバイスはやっぱり「数をこなす」でした。
自分の中から生まれ得る歌に多く出会い、それを皆様に何かしらの方法で聴いていただける一年にしたいです。

2021.1.8(金)記


【2020年のライブが全て終了しました。】

ライブは仲が良いミュージシャンだから一緒にやりましょう、というものではなくて、
あくまで誰(お客さま)に何を見てもらいたいのかという企画者のビジョンから出発するものなのだ。


いつからか心の片隅にそんなビジネスライク(笑)な信条を持って演奏をしてきた私ですが、コロナ禍の今年はその信条とは真逆に地元関西の大好きなミュージシャンたちとぎゅっと関わりご一緒した一年になりました。


これは人によって感染症対策や考えにばらつきがある中、考え方がある程度似ていて真面目に意見を言い合える気心知れた人々とライブを作ることで少しでも不確定(不安)要素を減らしたいと思った結果なのですが、
単純に仲の良い人と寄り集まる楽しさによって少々堅苦しかった私の気持ちもどこか和らいだ気がしています。


思えばこれまで私はコミュニティ化してしまう音楽の場にかなりの苦手意識がありました。
馴れ合いになって身内で閉じて行くような音楽活動はしたくないし、そうゆう場に寄り付きたくないという慎重な気持ち。


Watch out, the world's behind you
There's around you
who will call It's nothing all

”気をつけろ、君の背後にある世界に.
君を取り囲み いろんな奴がしきりに君に呼びかけてくる.
なんでもないことで."


有名なレナード・コーエン「Sunday Morning」の歌詞、こんな訳でいいのかわからないけれど、
人と関わる時に私が「気をつけて」きたのはまさにこれで。


自分は音楽がしたいのに寂しさや退屈や不安を埋める相手として求められてしまうようなコミュニティーは辛くて、 それを避けるあまりに、私はいつの間にか全方位に対して閉じてしまってたみたいです。


だけど今年の特殊な状況下で関われたミュージシャンたちはそんな私のちっぽけな懸念を飛び越えて、 他人とガッツリ仲良くしながらも音楽がちゃんと心の中心にある根っからのミュージシャンだったのでした。
(それどころか音楽の筋肉もりもりでちょっと頑張ったところでは追いつけないような人たち。)
大事にしてる部分がちゃんとあり独立が守られていればふんわりとコミュニティ化することは全く悪いことではないのだ。


今更ながらそれに気づき、全くお恥ずかしいったらありゃしないという気持ち半分、
こんな人たちと出会えていた私は本当にラッキーだな、という気持ち半分で、
これからはたくましい周囲のミュージシャンたちを見倣って、不安にキョロキョロすることなく目いっぱい仲良くやりつつ自分の音楽に専念しようと思ったのでした。


年の瀬にこんな情けない日記になり後で消したくなりそうですけど、鬼にも笑われていると思いますけれど、
来年の豊富はそんなところです。


長文乱文お読みいただいて最後になりましたが、今年ライブでお会いできた皆様、ありがとうございました。
ツアーができずお会いできなかった皆様も、気にかけてくださりありがとうございました。
お互いに穏やかな良い年を迎えることができますよう願いながら今年最後の日記とさせていただきます。


2020/12/15記


【イラストのお仕事のこと】

当サイトにもひっそりと『デザイン集』というページを設けているのですが、
実はひっそりとデザイン・イラストレーションのお仕事をしています。
それも今年は大事を取ってお休みさせていただこうと思っていたところ、夏頃に京都のバンドCHAINSからイラスト仕事のご相談をいただきました。

平時よりデザインに比べてイラストのお仕事はさらに少なく、多くは自分のライブチラシのために描くくらいでしたが
今年の感染症拡大によりバンドメンバーが集まっての撮影が困難だと言うことで
新譜のジャケットを今回は写真ではなく絵にしてみたいとのお話。
(こういう思いもよらない効果のことを何と言いましたっけ。)

こんな形で絵というものが見直されるのは面白いですし、何より私が敬愛して止まぬバンドからのご依頼とあらばお断りする理由もなく、はたして私の力量でどこまでご要望に沿えるのか?という不安はひとまず横に置いて二つ返事でお請けしたのでした。

アルバムタイトル「Can't Quit You」からも想像される通り、 2018年に天に召されたブルース・シンガー・ギタリスト オーティス・ラッシュへ捧げた曲が収録された3曲入りデジタルEP。
CHAINSとお話し合いを重ねて仕上がった絵はその主旨をかなりストレートに表したものになりました。

2020年12/29に京都拾得でそのレコ発ワンマンライブを開催され、同日に主要配信サイトからもリリースされます。
私の音楽のお話ではありませんが、私のイラストレーションやこの作品にご興味持たれた方はぜひCHAINSウェブサイトをご覧ください。

サイトの一番上にある記事の「続きをみる」を押すとジャケットのフルバージョンが見れます。

(2020.11/26記)



【楽しい場のにおい】

たくさんのミュージシャンとたくさんの音楽ファンから愛されてきた京都Live & Salon夜想がビルの老朽化という理由で今月一杯で幕を閉じます。
それはここにしか生まれ得なかったゆるやかで濃い繋がり、夜想の音楽愛と寛容さ、優しさをかすがいに生じた面白いコミュニティの消失・終焉なのだと感じます。

11/1は私の最後の出演の日でした。とても寂しくて、だけどやっぱり楽しくて、そんな二つの感情のあわいを漕いで行くような何とも言えない特別な時間。囲んでくれた方々、ありがとうございました。

今日は雨天。寒いのと低気圧の気怠さのせいで柑橘に心惹かれ、勿体ないオバケが大事に取っておいた「小青柑」という雲南のお茶を出して飲みました。カボス程度の小さな柑橘の中身をくり抜いて中に良質のプーアールを詰めて熟成させた取っておきです。鼻腔を抜ける香りに加え部屋がプーアールと限りなくほのかな柑橘の香りで満たされ幸せな気持ち。

生物の多くは感覚器の中でも嗅覚で感じた「におい」の記憶が一番長く残るらしい。
だから私はできるだけ良いにおいに触れていたいなと思います。

しかしながらライブハウスの少しすえたようなわい雑なにおいは過去に体験した音楽の楽しさや緊張やワクワクを呼び起こします。

楽しい場のにおい。
夜想もそんなにおいだった。

お花のような良いにおいばかりが良い思い出を想起させるとは限らないところが生きていることの複雑さですね。
これからも自分自身をそんなにおいの場に導いていきたい。

アコースティックギターを背負って行けばどんな場所でも演奏できる身軽さゆえに長らく地元関西ではカフェ・居酒屋・バーで企画させていただいて演奏してきましたが、ここへ来てライブハウスでの演奏が増えました。
今年はツアーに出なかったのと自主企画ライブを自粛したことで準備に忙殺されずお受けしやすくなったことが理由です。
このご時世に音楽ありきの場所がこれ以上消えて欲しくないという思いも確かにありますが、無名ミュージシャンに出来ることなんてほとんどなくて歯がみの日々。

兎にも角にもこんな放蕩娘にお声がけくださったライブハウスに感謝しつつどの日も大切に作ってゆきたいです。
そう、どの日も楽しいにおいとなりますように。

(2020.11/2記)



【久しぶりの京都ライブでした】

2月に病気してのちだいぶ元気になってまいりましたが、長らく京都でライブしていなかったせいか心配してくださってた方がちらほら。故郷の友人らからも思いもかけず応援のメッセージをもらったりして「ありがとう」の気持ちで心がポカポカしたまま演奏して来たのでした。

左京区の居酒屋まほろば、という愛しい場所での演奏会。店主和田さん、企画して下さったKさん、共演のりんどうさん、集まって下さった皆さま、和やかな会を本当にありがとうございました。

ライブが減ってから私は自宅に籠りひたすら自分のためだけに歌うという音楽生活になっています。
じゃあライブでは皆様のために歌っているのかと言うとそんな壮大なこともなく、やっぱり自分が「しっくり来る」と感じるところを目指して演奏している(のを見ていただいている)に過ぎないのですけれど。
だけど傍で聴いてくれている人がいる自分の歌と、ひとりきりで歌う歌はたぶんまるきり別物のようです。
私に取ってライブとは、聴き手の皆さんと共有する空気によって生まれる未知なる自分の歌に出会いに行くことかもしれないと思うくらいに。
科学の世界で言う「観察者効果」ではないですけれど、ライブではお互いにほんのりと、誰か一人でも欠けていると変わってしまうような不思議を体験していることは確かです。

ややこしくなってきたところで話を戻しますと、自宅に籠り自分の楽しみのためだけに歌う時間が増えてから、これまでどんな風にライブに臨んできたのかを今半分忘れかけていたりします。
そもそもノウハウみたいなものがあったのかもよくわかりませんが。
「ライブのやり方忘れちゃった」と先日のまほろばで笑いの種にこぼしたら、「忘れましょう、どんどん忘れましょう」と肯定してくれた方がありました。
そうです、この日にも未知なる歌に私はちゃんと出会うことができました。きっとこれまでに構築し身に付けた方法を私がどんなに忘れても、ライブの不思議は変わらないのだろう。
身軽になって無心に没頭ししばらくこのまま風まかせに進んでみよう。と、呑気な心境の秋です。

(2020.10/7記)



【血脈を通わせる】

 演奏スケジュールがほとんど全て飛んで音楽活動の主たるものが「制作」に変わり、これまで人任せだった分野(録音やMix)にまで手を出してみるとこれが結構楽しくて。
楽しいという気持ちの尊さを年々かみしめている私としては、これまでどうしてやってみようとならなかったのかと悔しいくらいです。

基本的に自信のない人間で、経験豊富な人から「君には向いてないよ」「それを1から始めるより餅屋は餅屋でプロに任せるのが近道だよ」なんてことを言われるとおそろしいほど素直に真に受けて諦めてしまうのです。
もちろんそれがお仕事である場合は予算も締め切りもあるし関わってくれる人のスケジュールもあるから、上の言葉はその点で正しいし、違う感性を持つ人が関わることで混ざり合い生まれくる面白いものを私はたくさん知ってもいます。
問題なのはお仕事上のアドバイスに過ぎないものを自分の人生にまで適用してしまう私のおそるべき芯のなさ、自信のなさなのです。

こらこら私よ、人生を合理性で切り詰めて一体どうする!

無意識の自分に盛大につっこみを入れる。
そしてこれまで自分にはできないと信じ込み打ち捨てた領域に血脈を通わせて栄養を送る。
そしたら「ああ私はこんなことが好きで夢中になれるんだ」という新しい発見がある。
誰かと比較したら相変わらず不器用で役立たずなんだとしても、これまでおたまじゃくしみたいだった体に手足が生えて可動域が広がっていくのは面白いし、これまでやって来たことと誰かにやってもらっていたことの相関関係が見えて世界が広がっていく感じがします。

近ごろ日々そんな調子です。おおむね楽しくしていますが昼夜超逆転生活が戻らないのだけ困っています。
これから少しだけライブの予定が増えて来そうなのでライブの方も心新たにがんばりたいなぁと思います。
(2020.9.17 記)


【8月に続き10月に雲州堂で演奏させていただく運びとなりました。】

「大好きな雲州堂でまた演奏したい」と先日ここに綴ったばかりでしたのでとても喜んでいます。
ミュージシャンには様々な活動形態がありますのでこれは私個人の状況下での考えではありますが、感染症がこの冬この先どうゆう拡がりを見せるのか未知な現在、科学的な根拠に基づいて対策をして下さっている身近なお店と共に気をつけながら細々と、でもしっかりと演奏活動を続けていく方針です。
会場を絞って頻度を落としての活動になりますがどうぞよろしくお願いいたします。

なんだか面白味のない日記でごめんなさい。次回はもっと日常的なお話でも書こうと思います。
(2020.9/9記)


【8月のライブが終わり、次のミュージックビデオ製作に入ります。】

大阪市北浜の運河が南に流れる古い木造蔵のイベントスペース雲州堂。
大好きなこのお店で再び演奏できたのは大好きなユニット「冬支度」のお二人が誘って下さったおかげでした。

冬支度、大好きなのになんで好きなのかを説明するのが難しい一筋縄ではないタイプです。
安田冬支度さんが歌とギターで紡ぐ音楽はフォーキーで素朴でイナタい印象なのだけど、実はとても洒落ていたりする。そこに斎藤さんのボーカル・フルート・アコーディオンが入ることで洒落たところが活きて花が開くようにポップスに変わる。
まずどの曲も音楽の懐が深くアレンジが素敵。だから今回みたいにSENちゃんのドラムが入ったりして色んな膨らみ方があるし、良いサポート陣に囲まれて愛されている。

「冬支度って大阪っぽくないですね」とよく言われるそうなんですが、大阪的かどうかはさておき私は冬支度の背景に都市のにおいを感じていたりします。
文化の成熟した大きな都市のにおい。気配。
歌詞には都会的な風景描写は全くないしむしろ素朴な風景が多く描かれているにも関わらずです。

大阪の街はあべこべで、ピカピカの阿倍野ハルカスが天に届けとそびえ立っているかと思えばすぐ南の松虫駅(阪堺電軌上町線)あたりは別世界をコラージュしたかと思うくらいに旧く低い長閑な下町の風景だったり。
もしかしたら冬支度はそんな都市のあべこべを一度素直に飲みこんで発酵醸造させ、親しみやすさ人間くささやドキリとするようなリアリティを絶妙なところで抽出した「洗練された素朴な音楽」なんじゃないんだろうか。
そしてお二人が長い年月熱心に足を運び吸収して来られたたくさんの生の音楽体験こそが海辺や野っ原で楽器の練習しているだけでは決して追いつくことのできない不思議な洗練の秘密かもしれないと睨んでいます。
「芸術を磨くのは美しい自然の風景などではない。芸術は芸術によってのみ磨かれる。」(byルノワール・たぶん)

さて私の音楽活動ですが、これから新たなミュージックビデオの製作に入ります。
直接お会いする機会が減ったぶんもこうした作品を増やしていきたいと思います。

ライブは京都・大阪あたりで年内には再開したいです。
SNS等でもお知らせして行きますが、時々当サイトにもご訪問いただければ幸いです。

2020.9/4 記



【7月のライブが終わり初のミュージックビデオをYoutubeに公開しました。】
7月のたった一度のライブが終了しました。音凪食堂さんの周年シリーズに出演できてとても嬉しかったです。
初めましての西村哲也さんとのジョイントは言葉で書き表せないくらい素晴らしい体験となりました。これを仕掛けて下さった音凪店主の手のひらの上で私はコロコロ転がされていますね。(もちろん私から転がされに行っています。)
これを機に西村さんとまた何かできたら、、、。私は語りすぎると止まってしまう不言実行タイプですのでその先の具体的なことは心の中で膨らませたいと思います。

さて、6月中には公開しますなんて言っておきながら遅れに遅れていたMVがやっと完成しました。
曲のMixも動画編集も何もかもが初めてで拙いところはありますが、初めての機材との格闘はなかなか楽しくて、これからもまた何か作ってみたいという意欲が湧いています。

この一曲を製作するのに故郷の友人たちや夫にたくさんサポートしてもらいました。
Youtubeの説明欄にも書いていますがここでも紹介させてください。

--Special Thanks(順不同、敬称略)---

Djembe(アフリカの太鼓)/Haruna(佐世保市)
Djembeの録音/ユウヤ(佐世保市)
海の動画撮影/山口恵(平戸市)
宅録エンジニア&Bass/栗本英明


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製作裏話になってしまいますが、梅雨の季節に輝く海の動画が欲しいという難題に加え、佐世保は豪雨災害が心配な時期でもありました。そんな中動いてくれた佐世保平戸チームに大きな愛と感謝を捧げたいです。

2020.7/21記


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